【本の感想】湊かなえ『物語のおわり』

湊かなえ『物語のおわり』

湊かなえ『物語のおわり』は、小説家を目指す女子が書いた結末のない物語「空の彼方」が、それを手にした人々の人生に重なっていく、というステキな連作短編集です。

「ベーカリー・ラベンダー」の一人娘の”わたし” 絵美は、中学生の頃から作家志望。絵美は、常連のハムさんこと高校生の公一郎に見初められ、ハムさんが北海道大学を卒業した時に、二十歳で結婚します。

そんな絵美に、著名な作家 松木流星から弟子にしたいという連絡がありました。ハムさんに三年時間が欲しいと懇願する絵美。そして、絵美は、女癖が悪いと噂のある松木流星に会いに行こうと、こっそり駅へ向かいます。そこには、ハムさんの姿が・・・

これが本作品の冒頭の物語です。ここでは結末は書かれていません。絵美は、ハムさんを振り切るのか、それとも、大人しく諦めるのか。そして、この時、ハムさんは・・・。これがリドル・ストーリーで、のっけから、結末どっち?を読者に考えさせます。

この物語が、以降の短編で、北海道を旅する人から人へ手渡され、リレー形式に読み継がれます。彼ら、彼女らは、仕事、恋愛、家庭、友情といった様々な悩み、そして決断に即して、物語の結末に自分なりの解釈をするのです。

■過去へ未来へ
舞鶴から小樽へ、フェリーで旅する妊娠中の智子が、主人公です。実は、智子は癌を宣告されていたのでした。お腹と子と二人旅の智子は、フェリーで萌という名の中学生くらいの女子から「空の彼方」を渡されます。智子は、絵美がハムさに一旦は連れ戻されるも、理解を得て松木流星の元へ行くと解釈します。

悩める智子に、物語が勇気を与えるという展開です。智子の父が、松木流星原作のドラマを手掛けていたという設定がにくいですね。

■花咲く丘
プロのカメラマンの夢を諦めた柏木拓真が、主人公です。三か月前に亡くなった父の家業を継ぐことになったのです。拓真は、富良野で記念写真を撮ってあげた智子から「空の彼方」を渡されます。拓真は、自身の願いを反映するように、絵美がそのまま作家になって欲しいと思うのでした。

夢を諦める本当の理由に気付く拓真。踏ん切りをつけた覚悟が清々しい作品です。

■ワインディング・ロード
大学最後の夏、富良野から旭川へ向かう芝田綾子が主人公です。綾子は先月、綾子のテレビ番組制作会社内定をおもしろく思わない、モラトリアムな彼氏と別れたばかり。そんな綾子に、拓真から「空の彼方」が渡されます。綾子は、絵美が突き進み、ハムさんと二人電車に乗ると解釈します。

湿度の高い傷心旅行から、ラストは、からりと晴れた痛快さを感じる作品です。

■時を超えて
市役所職員の水木は、摩周湖をバイクで回っています。水木は、短大卒業後アメリカへ行きたいという娘 美湖を許すことができず手を上げてしまったのでした。綾子から「空の彼方」を渡された水木は、絵美を連れ帰れと応援を送ります。

娘とギクシャクしたことを後悔しながら、和解の手掛かりを見付けられない水木。水木の気付きは、我がことのように共感できます。

■湖上の花火
証券会社勤務のアラフォー女子あかねは、学生時代の恋人と出会った洞爺湖に来ています。現実的なあかねは、夢を追いかける彼氏とすれ違い別れてしまったのでした。そんな彼氏は今、夢を叶え二時間ドラマの脚本を書いています。水木から「空の彼方」を渡されたあかねは、受け身な絵美を嫌います。

夢を持たない悔悟が表された作品で、本作品集の中では寂しさが漂います。

■街の灯り
札幌のホテルで北海道大学教授の退職記念パーティーが開催されています。駆け付けた仲間たちの中に、佐伯ことハムさんの姿があります。佐伯は、不登校の孫 萌からおばあちゃんの夢を邪魔したと詰め寄られていたのでした。

本作品は、ハムさんがどのよう行動を取ったのかが触れられています。「空の彼方」の原稿は作品の表舞台から消えてしまいましたが、物語は上手くつながっています。

■旅路の果て
おばあちゃん(絵美)と北海道旅行中の萌が、主人公です。小説家志望の萌は、親友の秘密をばらしていまったことで登校拒否に追い込んでしまったのでした。責任を感じ、自身も不登校となった萌は、絵美の夢を邪魔した祖父が許せません。

自身の切羽詰まった感情を他者に転換してしまうという、中学生らしい感性があらわされた作品です。絵美が語る物語の結末は、どのようなものでしょう。そして、それを萌は、どう受け止めるのでしょうか。

最終話まで読み進めると、結局、物語の終わりは分かります。著者は、リドル・ストーリーを様々な人たちに解釈させ、そしてぐっとくる締め括り方をしてみせます。ミステリではありませんが、ラストまで読者をひぱっていく手法には、著者のミステリ作家としての冴えを見ることができます。読書の素晴らしさに改めて感じさせてくれる作品集です。

ちなみに、絵美が自分だったら、叱られて帰ったんだろうなぁと思います。なにせ、チキンな性格なもので ・・・

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