【本の感想】本多孝好『MEMORY』

本多孝好『MEMORY』

本多孝好『MEMORY』は、泣ける小説『MOMENT』、さらに泣ける小説『WILL』に続く、連作短編集です(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)。

前二作より先に本作品を手に取ってしまうと、所々、ハテナ?となるので、順に読み進めることを”強く”おススメします。

とは言え、本作品集は、ストレートな続編ではなくて、『MOMENT』の主役 神田、『WILL』の主役 森野が、脇に回って物語が紡ぎ出されます。それぞれの作品の主役たちの現在、はたまた、思い出の中に、二人が何気なく関わって、皆に勇気を与えてくれるという趣向です。

どうにもならない現実に、心が折れてしまいそうな人々。そんな彼ら、彼女らが未来に向けて一歩前に踏み出す姿には、清々しさを覚えます。それぞれのエピソードにおいて、神田と森野の、”不器用だけれどイイ奴”が溢れ出します。

『MOMENT』『WILL』での、神田と森野のエピソードの裏っ側も描かれていて、切なくもあり、いじらしくもありと、真正面から二人の関係が描かれてはいないものの、良質の恋愛小説を読んだかのようです。

■言えない言葉 〜the words in a capsule
小学生の陽ちゃんと、中学生の森野、神田の交流を描いた作品です。陽ちゃんの友達は、森野の家業が葬儀店であることから、死神狩りと称して騒ぎたてていました。そんな陽ちゃんを捕まえて、森野は、石を投げて硝子にひびを入れた奴を3日以内に連れて来いと凄みます。途方に暮れていた陽ちゃんの姿を見て、神田は、陽ちゃんにために一肌脱ぐことにするのです。

神田は見事、真相を究明してみせますが、時がたって、様々な恋愛模様が展開されていた事が分るという仕掛けです。ラストの、ちょっとしたサプライズは、ままお目にかかるので、オチの前に気付く読者はいるでしょう。

先生を階段から突き落とした森野の武勇伝が語られ、以降の作品にもこの件が触れられます。ここが一つポイントです。

■君といた 〜stand by you
浅沼は、ティッシュ配りのバイト中、小学生の頃の同級生 大沢ひばりと遭遇します。ひばりの姿を見て逃げ出す浅沼。浅沼とひばりは、不細工であること、肥っていることから、共にいじめを受けていたのです。

過去からの不遇に嫌気が差している浅沼。神田は、そんな浅沼とひょんなことから知り合いになります。そして、出会って間もない浅沼に、自身の苦悩を打ち明けるのでした。

森野の両親が他界し、本来寄り添うべきと思いながら、かえって距離を空けてしまう高校生の神田。初々しいですね。浅沼の、前へ向いて進もうという気持ちの切り替えが、神田の思いと重なります。

■サークル 〜a circle
高校生の頃、ソフト部のエースピッチャーであった雛乃は、卒業から10年経ってうつ病で苦しんでいます。アネゴと呼ばれ頼りになる存在だった雛乃。ふと、後輩の森野だけは、雛乃の本質を理解していたのだと、思い出します。そして、雛乃は、森野を訪ねてみることにするのでした。

雛乃は同棲している一志と一緒にいるのが辛い、と森野に告白します。森野もまた、神田の隣にしか自分の居場所がないと思いながら、「わかっているのに、その人のそばにいたくない」と言います。

雛乃に前を向く力を与えた、森野のさりげない優しさが印象的です。本作品は、森野の教師突き落とし事件の真相が判明し、キュンとなります。一方、神田はアメリカにいるようで・・・

■風の名残 〜a ghost writer
アメリカで翻訳とエージェントの仕事を営む神田。神田は、危険に晒されているというジュリアに接触します。ジュリアは、政治家のスキャンダルを書き死を遂げたトムの妻で、夫の原稿を世に出そうとしているのです。

代理人のエリーとトムの仲を疑い、スキャンダルを表に出すことでエリーを破滅させようとするジュリア。神田は、そんなジュリアに事の真相を解き明かしてみせます。

本作品は、安楽椅子探偵ともいうべきミステリ仕立ての作品です。事の真相に、遠く離れた森野の姿が重なります。

■時をつなぐ 〜memory
看護師の西田美佳は、入院中の中学三年 橋本泉が自殺願望を持っていることに気付きます。泉は、伝説のお助け人の話を信じ、手を貸して欲しいと望んでいるのでした(病院に噂として広がる伝説のお助け人のお話は、『MOMENT』をご覧あれ)。

泉を勇気づけようとする美佳。ふと中学の同級生 神田と森野の事を思い出します。当時、美佳は神田から「毎日、あなたのことを思いながら射精してます」というラブレターを貰い、それは森野の代筆であることに気付いていたのでした。森野が教師を階段から巴投げした真の理由を知る美佳。さらにキュンキュンです。

本作品は、今の神田と森野が登場せず、残りの頁数が少なくなるにつれじれったさが募りました。じれた挙句、あぁ、最終頁でそうなるのか、とシアワセな気分に浸ります。

シリーズ完結編としてはこれ以上にない終わり方だと思うのですが、どうでしょう。

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