【本の感想】本多孝好『MOMENT』

本多孝好『MOMENT』

生と死をテーマにした作品はずるい。

はなから感動するのが分かっているにも関わらず、自分は概ね涙腺を緩ませることになります。ネタバレしている手品に騙されるようなものです。理想的な観客と言えるでしょう。まぁ、涙、涙の物語をご馳走として欲しているのは確かなのですが。

本多孝好『MOMENT』は、裏表紙のあらすじを見るだけで泣き所を探してしまいます。期待に体内の水分が目頭に集まろうとするのです。

死を間近にした患者の願い事を叶えてくれる必殺仕事人。

大学生の神田が清掃のアルバイトをしている病院には、そんな伝説の人の存在が囁かれています。そんな中、神田はひとりの患者の望みに応え、予想外の謝礼を貰ってしまったことから、負債(?)を帳消しにするために、死に臨む人々の願いを叶えんと奔走し始めます ・・・

本作品は、はからずも伝説の人となった神田の活躍を描く、全4話からなる連作短編集です。

苦い後味を残す「FACE」で幕を開け、「WISH」「FIREFLY」と感涙にむせび、「MOMENT」で清々しさ満開となります。

これらの作品は、人の綺麗な部分だけを描いているわけではありません。人間の性(サガ)とか業をきっちり見せ付けます。だから、安らかさを取り戻す人々の最期に、大きく心を揺さぶられてしまうのです。ひとつの物語が終わった時、ナイスガイ神田の精神的な成長をも感じることができるでしょう。

癌を再発させてしまった女性 上田さんとの交流を描く「FIREFLY」は、中でもピカイチの出来栄えです。サイドストーリを含めて、様々なシーンに祈りが満ち溢れています。会社の昼休みにここを読み終えたのですが、目からも鼻からも溜まりにたまった水分が押し出され、これは外で読んではいけない作品なのだと気付かされました。

神田の、上田さんが望んだデートでの会話がとてもステキです。

「言わないのね」
「はい?」
「もう帰ろうって」
「せっかくのデートですから」と僕は言った。「デートを終わらせるのは女性の役目です。引き延ばすのが男の役目」
「まったく世の中って間違ってるわよね」
メニューから顔を上げた上田さんは少し大袈裟にため息をついた。
「どうして君みたいな男がモテないかな」
「決めつけないでくださいよ」
「じゃあ、モテるの?」
「あ、こっちのうどんとかもいいかもしれませんね。夕食にパンケーキじゃ、ちょっと何だし」

とまぁ、本作品集は気の利いたセリフの応酬も楽しめたりします。

『MOMENT』は、7年後 神田と同級生の葬儀屋の娘 森野を描いた『WILL』、そして『MEMORY』と続きます。本作品集では、恋の兆しが薄っすらな神田と森野ですが、果たしてどうなるのでしょう?(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

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