【本の感想】西加奈子『さくら』

西加奈子『さくら』

うちの高校一年の長女は、御多分にもれずイケメン好き。長女曰く、兄さんたちがいわゆるイケメンなので、顔面偏差値の高さは譲れないのだそうです。悩みだわ~と、高校入学の手続きの日、ラーメンを食べながらつぶやいておりましたね(ちなみに、兄さんたちのイケメンは、父親からの遺伝ではありません)。

西加奈子『さくら』は、美男・美女の両親、兄、妹、そして、背だけは高い次男の主人公を入れた五人家族+犬のサクラの日々が描かれた作品です。

大学生の僕(長谷川薫)が久々に帰省すると、家の中は、居心地が悪そうな父、美女のおもかげがなくなった母、冷めきった妹ミキ、具合の悪いサクラに漂う不穏な雰囲気。 兄の、はじめは、4年前に二十歳で亡くなっていて…という出だしです。物語は、ここから家族とその周辺の過去を反芻し、現在へと繋がります。

生まれくる妹のために花を探しに行き迷子になる5歳のはじめと3歳の薫。「うんこチキンレース」(!)や「フェラーリチキンレース」(!!)で勇気を試す小学生の はじめ、薫、ミキ。第2章は、「ナンバーワンでオンリーワン」な人気者はじめと、美少女になりつつあるミキ、そして、人気者の弟の域を脱しない薫の、少年少女の頃が描かれます。著者は、よくみられる日常を通じて、キャラクターを際立たせるのが巧いですね。他の作品のような”ちょっだけ不思議感覚”はありませんが、はじめが世界の中心であるミキの幼心など、あるあるエピソードから兄弟妹の関係性がかっちりと決まります。

第3章は、ニュータウンに引っ越した一家の日々です。サクラを飼い、はじめに15歳にして矢嶋さんというカノジョができ、薫は文通相手の湯川さんとお寒いデートを体験します。ここでは、離れてしまった相手を脳内で美化し、再会してみたら、なんか違ったー!っていう薫に共感することしきりです(多くの男女が共感するに違いない)。

第4章は、父の浮気発覚!が実はウフフのオチ、はじめは引っ越ししてしまった矢島と音信不通に、薫は帰国子女ゲンカンに童貞を捧げ、ミキは無敵のモテっぷりで薫さん(次男薫と同名)という親友ができます。はじめ、薫、ミキの青春ど真ん中のエピソードが快活に描かれます(父の青春もね)。

物語が大きく動くのは第5章です。兄は交通事故で車椅子の人となり、薫はゲンカンと別れ、ミキは親友から愛の告白をうけます。ある日、「ナンバーワンでオンリーワン」のはじめは、華やかな人生から転落したことに疲れ、生きることをギブアップしてしまうのでした。はじめと矢嶋さんの破局の原因をミキの口から初めて知った薫。このシーンは、読者として兄弟妹を身近に見てきたがゆえに、胸が締めつけられる思いがします。追い打ちをかけるように、父は姿を消して・・・あまりに残酷な出来事に家族の絆が乱れます。

そして、今、薫の帰省の少し前に戻ってきた父を入れて、ぎこちない団欒が繰り広げられています。ところがサクラは息も絶え絶えの様子。父、母、薫、ミキはサクラの命を救うために奔走し始めます。さてさて、家族はもう一度、絆を取り戻せるのでしょうか。ラストは、想像がついてもホロリときてしまいます。一度壊れてしまったものは、家族でも(家族だからこそ)なかなか元に戻すことができません。本作品は、どん底の状況からの再生の始まりを感じさせてくれるでしょう。ただ、著者の初期の作品ゆえなのか、言い回しのくどさが気になります。

ちなみに、長女は、高校入学から2カ月ほどしてカレシができました(悩みだわ~はどこいった!)。顔面偏差値は定かではありませんが、シアワセそうです。ただ、寝起きのままのどすっぴん、ジャージ姿でデートに行くのはやめようねっ!

2020年11月13日 公開 北村匠海、小松菜奈、吉沢亮 出演 映画『さくら』の予告はこちら。

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