【本の感想】西加奈子『ふくわらい』

西加奈子『ふくわらい』

西加奈子『ふくわらい』は、他人の顔で福笑いをしてしまうという、妄想癖のある女子の物語です。

主人公の鳴木戸定は、華族の出の作家 父 栄蔵と、二回り程年の離れた母の元に生まれ育ちます。定は、4歳で福笑いと出会い、急速な成長を成し遂げるのですが、福笑い妄想癖もまた身についてしまうのでした。

5歳で母を亡くし、婆や岸田悦子に身の回りの世話をしてもらっている定。12歳の頃、父を亡くします。何と旅先で鰐に齧られるという不慮の事故でした。”奇行の紀行”作家である父と未開の地を旅し、死者の肉を食するという経験をもつ定。母の骨をはみ、父の屍肉も少しばかり食します。

18歳から23歳mで様々な国を放浪し、その度にあちこちにタトゥーを入れた定。そして、今は作家 之賀さいこ、そしてプロレスラーにしてコラムニスト 守口廃尊を担当する有能な編集者です。

定の性格は、経歴からも分かる通り、とてもエキセントリックです。周囲を凍りつかせるぐらいに四角四面かと思いきや、社の屋上で一人雨乞いの儀式を執り行ったりします。登場人物たちは、定に負けず劣らずの奇人変人揃い。定と彼らの交流がとても愉快です。特に、コラム『守口廃尊の闘病たけなわ!』の連載打ち切りが決まった守口廃尊は、破壊力抜群。定との噛み合わないながらも丁々発止な掛け合いは、必読です。

恋愛に疎い定ですが、街中で白い杖を振り回している盲目のイタリアンハーフ武智次郎と出会います。この男、本作品の最後の大物奇人変人です。定へ性的な関係をダイレクトに迫る武智。このトンデモない理屈に、笑いがこみ上げます。

物語は、二股され悲嘆にくれる同僚の小暮しずく、91歳の作家水森康人のエピソードを挟みつつ、守口廃尊の本業であるプロセス観戦へ、人生の悲哀を織り込みながら、クライマックスをむかえます。読み進めるうちに、定のチャーミングさが浮き彫りになるのです。主人公 鳴木戸定(なるきどさだ)の名の由来が、マルキ・ド・サドとは、これまたイカしていますね。

さて、ふくわらいとは何でしょうか。定のふくわらい妄想は、定が人とのコミュニケーションを取る最初の手段であり、そこには、父と母を小さい頃失った定のナイーブさが表れているように思えます。西加奈子作品は、本作品のような、ちょいオモロイ系が好みです。

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