【本の感想】フィリップ・カー『変わらざるもの』

フィリップ・カー『変わらざるもの』

『偽りの街』『砕かれた夜』、そして『ベルリン・レクイエム』。知る人ぞ知るフィリップ・カー(Philip Kerr)のベルリン・ノワール三部作。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

イギリス人作家が描く、ナチス台頭から大戦終結までのドイツを舞台としたハードボイルドです。危機に陥れば陥るほど、ワイズクラックが冴えわたるドイツ人探偵ベルンハルト(ベルニー)・グンターを主役に据え、『偽りの街』は探偵小説、『砕かれた夜』は警察小説、『ベルリン・レクイエム』は謀略小説と、三部作でありながらそれぞれの作品毎に趣向を変えています。史実や歴史上の人物を巧みに織り交ぜ、戦時下という制約にありながら、正義を貫こうとするグンターの活躍に目が離せないシリーズでした。

本作品『変わらざるもの』(The One from The Other)は、『ベルリン・レクイエム』刊行から、なんと、15年後に翻訳されたグンターの新シリーズです(本国刊行は2006年)。

大戦が終結し、未だ連合軍の支配下にある1949年のミュンヘン。義父のホテルを継いで生計を立てていたグンターは、病院で療養中の妻の近くで、探偵業を再開することにしました。混乱する社会情勢から、人捜し業の滑り出しは順調ですが、夫の生死を確認して欲しいという女性の依頼を受けてから様相は一変します。捜査の途中、グンターは、暴漢に襲われ、小指を切り落とされたのです。復讐を誓い、暴漢の首謀者をつけ狙うグンターは、首謀者と会う依頼人を目撃するのでした・・・

本作品は、ナチスの戦犯狩りがおこなわれているドイツを背景に、ユダヤ人の復讐部隊やCIAが暗躍する壮大なスケールの謎解きミステリです。一見、無関係に思われる出来事が、すべてジグソーパズルのピースになっていて、クライマックスでは、完成したパズルを前に思わず唸ってしまうでしょう。架空の人物を除けば、歴史小説としても楽しめる贅沢な作品です。

プロットがかなり入り組んでいるので、じっくり読み進めなければなりませんが、その分、見返りはかなり大きいですね。ラストは一気読みの盛り上がりを見せます。定番のグンター危機一髪も健在なので(だいたい終盤で酷い目にあう)、自分は、残りのページ数で決着がつくか心配したくらいです。

『偽りの街』では38歳だったグンターは、本書では50歳を超えます。減らず口と女性運のなさだけは、相変わらず。シリーズは8作まで刊行されているようなので、これからもグンターの活躍に期待したいところ。

本作品は、単独作品として読むことができます。ただ、随所にあわれる過去の登場人物の名前は、グンターとの因縁を想起させるので、ベルリン・ノワール三部作を読んだ方が感慨深くなるでしょう。

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