【本の感想】フィリップ・カー『偽りの街』

フィリップ・カー『偽りの街』(原著)

1992年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門 第5位。
1993年 このミステリーがすごい! 海外編 第6位。

私立探偵ベルンハルト・グンター初登場作品

週刊文春ミステリーベスト10やこのミステリーがすごい!等、過去のミステリーベストテンを読み進めています。昔の翻訳作品は絶版となっているものが多いので、どこかで見つけたらというふうに気長に構えています。これがランクインかよ!と読んでがっかりすのものも多々ありますが、中にはアタリ!なものを発見します。

フィリップ・カー(Philip Kerr)『偽りの街』(March Violets )(1989年)は、アタリの作品です。

ナチス台頭が著しい1936年ドイツ。私立探偵グンターは、鉄鋼王ジクスから、娘夫婦殺害現場より盗まれた宝石の行方を探すよう依頼されます。グンターは、捜査をすすめるうち、強盗殺人と見られていた事件が別の様相をおびていることに気づいていくのでした ・・・

タフなへらず口探偵といえばハードボイルドの定番ですが、ナチスの力が強力になってきている世情を背景としているため、本作品は、他のハードボイルドとは異なる緊張感を保っています。ベルリン・オリンピックを演出に使うなど、時代のトピックスを取り入れたの描写がとても巧くて、これが、読み手に恐怖心や閉塞感を痛いほどに印象付けるのです。グンターが、真っ向から、反ナチス、ユダヤ人擁護といった姿勢を打ち出していないところも(打ち出せないところも)、この時代も感性としては、納得性が高いですね。事件の解決そのものより、時代に押しつぶさそうになるギリギリで苦闘するグンターの生き様に惹かれます。

読み始めは、ドイツ人探偵による、アメリカンなジョークを交えながらの会話に違和感がないわけではありませんでした。しかしながら、読み進めるうちにしっくりくるようになるから不思議です。ここも魅力のひとつでしょうか。

本作品は、ベルリン・ノワール三部作の第一弾で、シリーズは『砕かれた夜』『ベルリン・レクイエム 』と続きます。本作品で決着がつかない、あの気になる点は、次作でさらりと明らかになります。

2006年『変わらざるもの』で復活した本シリーズは、ナチスの有名どころとの絡みも楽しみなのですが、残念ながら著者は昨年(2018年)、物故されました。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

(注)読了したのは新潮文庫の翻訳版『偽りの街』で、書影は原著のものを載せています。

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