【本の感想】長山靖生『千里眼事件 科学とオカルトの明治日本』

長山靖生『千里眼事件 科学とオカルトの明治日本』

鈴木光司『リング』がモチーフにしたのが、明治42年~のオカルトブームに火をつけた千里眼事件です。たまにテレビで取り上げられるのは、世に認められない超能力者の薄幸であり、超能力そのものについては”存在する”方向で論調がまとまっているように思います。このロマンを感じさせる事件の背景や顛末、どうにも気になるのは自分だけでしょうか?

長山靖生『千里眼事件 科学とオカルトの明治日本』は、そんな疑問に応えてくれるものです。

著者は本書を著すにあたって、千里眼=超能力に対する態度は中立、つまり”存在する”、または”存在しない”のどちかに偏向しているわけではないと明言しています。事実を積み上げて読者の判断に委ねようという論の進め方ですね。

本書の中心人物は、超能力者(と思しき)御船千鶴子、長尾郁子。そして、彼女たちの能力を信じ実証に心血を注いだ東京帝国大学 福来友吉です(貞子のモデル高橋貞子は本書には1カ所だけ記述が見られます)。透視、念写という異能の力が、大学、学術関係者ら知識人の面前で実験がなされ、その過程がマスコミ報道によって拡散されていきます。著者は、その新聞報道等から当時の情景を浮かび上がらせてくれます。

試験官と被験者が対峙せず実験が行われる、実験の準備に様々な不手際が散見される等、報道内容からみて、この能力、怪しい。とっても怪しいのです。現在のシロウトマジシャンの方が余程、凄い技を見せてくれますね。著者は、超能力者の周辺の胡散臭い人々(長尾郁子にまとわりつく謎の催眠術師 横瀬琢之が胡散臭さナンバー1)、そして彼らの拝金主義をあぶり出します。あれれ、著者の中立性すら疑わしくなってきなような・・・

本書を読み進めるうちに、超能力の存在云々よりも、大学、マスコミの超能力肯定派、否定派の場外バトルや抜け駆けの功名争いの方に興味が惹かれました。京大より派遣された研究者が、「透視は光線の放射」として、京大光線と勝手に発表する件は、愚かしさ極まれりです。

この頃、有象無象の超能力者が生まれ、オカルトブームが到来したのですが、これは科学が未熟だからというわけではないでしょう。それ以降も、ユリ・ゲラーが一世を風靡したりと同様のブームは起きました。 マスメディアの力、恐るべしです。 著者は、日露戦争が終結したこの頃の日本の閉塞感を、明治のオカルトブームの一因として挙げています。

さて、知識人であるはずの福来友吉は、どんどんおかしな方向へ突き進んでいきます。著者のいう「知ること」と「信じること」の違いを見失うという陥穽に嵌まったんですね。

…と、やっぱり著者は、否定派じゃね? 御船千鶴子の最期が曖昧なのも気になるわぁ。