【本の感想】ジム・トンプスン『天国の南』

ジム・トンプスン『天国の南』

ジム・トンプスン(Jim Thompson)『天国の南』(South of Heaven)(1967年)は、1920年代 テキサスの石油パイプライン敷設工事現場を舞台に、渡り労働者の青年の日々を描いた作品です。

著者の作品の主役は、悪党か、さもなくば悪党に翻弄される者に概ね分かれます。本作品の主役トミーは、そのどちらでもなく、多少の正義感を持ち合わせた純粋な青年です。トミーは幾つかの事件に巻き込まれはするのですが、本作品の注目すべきは、浮浪者、放浪者、前科者が集い、何があってもおかしくない危険な現場感覚でしょう。著者自身の油田での労働経験に負うところが大きいようで、男臭さがムンムンと漂います。

石油パイプライン敷設工事の募集に応じたトミー・バーウェルは、昔馴染みのフォア・トレイ・ホワイティと再会します。トミーとフォア・トレイは、二年前、ギャンブルで6千ドル稼ぎ出した仲間。今回も、フォア・トレイは、トミーにひと稼ぎを持ち掛けます。金を使い果たした挙句、アルコール依存症に陥いっていたトミーは、フォア・トレイと行動を共にすることにするのでした。

トミーが再会した相手は、フォア・トレイだけではありません。保安官助手バド・ラッセンは、過去の因縁からトミーを目の敵にし、何かと絡んできます。トミーと一緒に旅をしていたフールト・ジャーを些細な罪で銃殺したラッセン。二人の間に緊張感が走ります。

冒頭の暴力沙汰から波乱の予感がする本作品。キャンプへ行く道すがらに見かけた打ち捨てられた死体から、さてどんな事件が巻き起こるのか期待が膨らみます。しかし、暫くはトミーとフォア・トレイの労働に明け暮れる日々が続き、物語は、なかなか大きく動きません。トミーとキャンプ近くを根城とする娼婦 キャロラインの色恋沙汰が、アクセントとなっているぐらいでしょうか。

キャンプで騒ぎを起こしたバドと、再び衝突するトミー。やがて、バドが死体で見つかったことから、トミーは、殺人の容疑者として連行されてしまいます。フォア・トレイは、トミーを釈放するよう尽力することを約束し、トミー名義で四千五百ドルの貯蓄があることを告げるのでした。パイプラインから手を引き、キャロルと別れ、大学へ行くことを勧めるフォア・トレイ。しかし、釈放されたトミーは、すぐさまキャロルの元へ向かいます・・・

トミーのメンターであるフォア・トレイの恩情が、何に根差しているのかが、よく分かりません。トミーの裁判を巡るあれこれも、横道に逸れてしまったかのようでまどろこしさを感じます。これは伏線か、と思ったら、何のことはなく脱力すること度々です。

釈放されたトミーにまとわりつくロング兄弟。彼らはキャロルを拉致し、トミーに交換条件を持ち掛けます。それは、フォア・トレイが何を考えているか教えろというもの。ある企みを持つロング兄弟と、フォア・トレイは、一体どんな関係があるのか。トミーの前から姿を消してしまったフォア・トレイ。クライマックスは、フォア・トレイの過去を知ったトミーが、陰謀に立ち向かう姿が描かれます。そして、・・・

ラストは痛快ではあるのですよ。しかし、細かなところで辻褄合わなかったり、説明が不足していたりで、読了してもスッキリしません。トミー、フォア・トレイ、キャロル共にノワール感は、甚だ希薄です。締め括り方も、著者らしくないのだよなぁ・・・。

  • その他のジム・トンプスン 作品の感想は関連記事をご覧下さい。