【本の感想】加納一朗『ホック氏の異郷の冒険』
1983年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第5位。
1984年 第37回 日本推理作家協会賞 長編部門受賞作。
加納一郎『ホック氏の異郷の冒険』は、シャーロック・ホームズの優れたパスティシュです。
1891年 医師 榎元信は、時の農商務大臣 陸奥宗光より、紛失した英国との機密文書の探索を依頼されます。パートナーとして行動を供にするのは、来日中のサミュエル・ホック(シャーロック・ホームズ)氏。捜査をつづけるうち、文書を盗んだと目される人物が殺害されてしまいます・・・
本作品は、本家コナン・ドイル『最後の事件』で消息を絶ったホームズが、日本に立ち寄ったという設定になっています。偽名を与えたのは、コナン・ドイルの著作権に配慮したようです。
本作品では、ワトソン役に日本の医師を配し、ホームズらしい推理の冴えを見せます。日本の固有の文化に戸惑い、過ちを犯してしまうあたりは面白いですね。過去の事件と接点がある人物が登場したりと、シャーロキアンにも満足いく出来なのではないでしょうか(もっとも自分は、ホームズものには疎い方なのですが)。
本作品の設定では、嘉納治五郎から柔術を習っていたために、ジェームズ・モリアーティとの対決でライヘンバッハの滝壺に落ちる寸前、命拾いをしたことになっています。ホームズが、嘉納治五郎と日本で再開する場面も含めて、ちょっとでき過ぎでしょうか。
事件そのものは大したことはありませんが、鹿鳴館時代の伊藤博文の婦女暴行事件を背景として扱っていたりと、当時の社会情勢や、風俗が上手く作品世界に取り入れられています。
本家の方を読み返して見ようかな、という気にさせてくれました。