【本の感想】ジム・トンプスン『ドクター・マーフィー』

ジム・トンプスン『ドクター・マーフィー』

ジム・トンプスン(Jim Thompson)『ドクター・マーフィー』(The Alcoholics)(1951年)は、アルコール依存症患者専門療養所の、とある一日を描いた作品です。

暫くご無沙汰のジム・トンプスンの翻訳本ですが、文遊社から立て続けに出版されました。いずれレア化してしまいそうなので、価格はお高めではありますが、積読本に加えていっています。本作品は、その中の一冊です。

トンプスンと言えばノワール。本作品にこれを期待するとハズレてしまいます。登場人物たちに悪さ感はチラりと垣間見えますが、至って普通の嫌な奴ら。物語もサスペンスフルな展開は見られません。ほぼ療養所内に閉じており、登場人物たちの会話を中心にストーリーが進行することから、演劇的な印象を受けました。トンプスンの作品を残らず読みたい!というマニア向けの作品でしょう。

主人公は、L.A.のアルコール依存症患者専門療養所<エル・ヘルソ>の所有者 パスツール・セムルワイス・マーフィー。ドクター・マーフィーは、自身を嘲り続けるという自虐の日々を送っています。マーフィーの目下の悩みは、今日中に1万5千ドルを用意しなければならないこと。これが達成できなければ、療養所をたたまなければなりません。

マーフィーの唯一の手段は、入院患者ハンフリー・ヴァン・トワイン三世のツテで金を引き出すこと。しかし、トワインは、ロボトミー手術の末、”脳みそのない男”と化していたのです。

マーフィーを中心に、夜間の看護師ジャドソン、昼間の看護師ルーファス、看護婦ルクレチア・ベイカー、コックのジョセフィンらスタッフ、そして、退役軍人ジェネラル、妊娠中の役者スーザン・ケンフィールド、広告業者ジェフ・スローン、ピュリッツァー賞を受賞したバーニー・エドモンズ、ハリウッドで成功した著作権エージェントのジェラルド&ジョン・ホルカム兄弟ら、アルコール依存症の面々が、人間ドラマを形成していきます。

登場人物らは、クセものぞろい。マーフィーを含め、誰も彼もが、病んでいます。キャラクターの作り方は、ジム・トンプスン”らしさ”を見ることができるでしょう。中でも、トワインの陰嚢を縛りつけ、隠れて虐待をするといったルクレチアの、トラブルメーカーっぷりが秀逸です。

患者たちは、その道で一旦は成功を収めながらも、アルコールで堕落しました。そんな彼らが、小量の酒をくすねるために一喜一憂する姿が描かれていきます。ここは、トンプスンのシニカルな見方の表れでしょう。嘘に塗り固められた患者たちに愛想を尽かしながらも、金の工面に頭を痛めるマーフィー。クビにした(はず)のルクレチアと理無い仲になってしまうなど、二進も三進もいきません。果たしてマーフィーは、療養所どうするのか。そして、患者たちは・・・

本作品は、たった一日の中の出来事なのですが、ちょっとした事件が発生したり人間関係の変化したりと、内容は濃密に仕上がっています。ノワールを念頭からどかしてみると、そんなに悪くはない作品かもしれませんね。

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