【本の感想】ピーター・へイニング 編『ディナーで殺人を』

ピーター・へイニング 編『ディナーで殺人を』上巻

ピーター・へイニング 編(Peter Haining) 『ディナーで殺人を』(Murder On The Menu)は、食と殺人がテーマのアンソロジーです。

個々の作家の作品集や、他のアンソロジーでお目にかかれる作品はあるのですが、殆どが本書でしか読めません。著名な作家の作品だけではなく、日本には馴染みの薄い19世紀の作品からも選定されていて、隠れた名作発掘の趣があります。殺人がテーマではあるけれど、ジャンルとしては謎ときミステリというより、奇妙な味とか、怪異譚に分類されるのでしょう。

食については、料理だけではなく、食事風景や宴会風景、はては食欲そのものを取り扱っているものの、ちょっとテーマとは外れる作品もあって、こじ付け感は多少残ります。でも、つまらない作品はないし、読了後の満足感は高いでしょう。

上巻は、スタンリイ・エリン『特別料理』は別格として、ポール・ギャリコ『最高傑作』W・ペサント+J・ライス『ルークラフト氏の事件』が、お気に入りです。

■最高傑作
ポンヴァル氏夫妻のレストランは、最高の料理を供する最高の店にもかかわらず経営難に陥っていました。悪天候がつづくある日、50万フランの懸賞金がかけれれた指名手配犯アンリ・ブランシャールが、レストランを訪れます。ボンヴァル氏は、警察への連絡を取るあいだ、時間がかかる芸術的な料理でもてなして、ブランシャールを引き留めるとめようとするのでした・・・ 

O.ヘンリーの短編のような、心温まる意外な結末が用意されています。

■ルークラフト氏の事件
売れない役者ルークラフトは、空きっ腹を抱える日々。そんなルークラフトの前に現れた老紳士は、彼の食欲を買いたいと申し出ます。50ポンドの契約金と、月々30ポンドの受取りを合意したルークラフト。以降、老紳士が飲み食いすると、彼もまた満腹や酩酊した状態になってしまうのでした。おまけに、味覚や臭覚を奪われて・・・ 

自分にとっては、本書(上巻)の一番の傑作です。なお、本作品は、1875年の発表で、作者は(少なくとも日本では)無名でしょう。それを発掘した編者のピーター・ヘイニングが辣腕なのです。

本書に収録されている、その他の作家は以下のとおりです。

ルース・レンデル/オリヴァー・ラ・ファージ/L・P・ハートリー/ガストン・ルルー/デイモン・ラニアン/パトリシア・ハイスミス/ロバート・ブロック/P・D・ジェイムズ/オーガスト・ダーレス/アルフォンス・ドーデー/アレクサンドル・プーシキン/ワシントン・アーヴィング/リチャード・ディーハン

ピーター・へイニング 編『ディナーで殺人を』下巻

続いて食と殺人がテーマのアンソロジー(下巻)です。

いずれの作品も、発表されてから半世紀以上経過しています。上巻に比べて、名探偵が登場する謎ときミステリが増えているのですが、どうにもぱっとしません。本書の上下800ページものボリュームでお腹いっぱいです。これは!がないまま読了してしまいました。

あえて良いものをあげるなら、レックス・スタウト『ポイズン・ア・ラ・カルト』ロアルド・ダール『おとなしい凶器』でしょうか。これらは、上巻のスタンリィ・エリン『特別料理』とともに、アイザック・アシモフ編『16品の殺人メニュー』にも収録されてます。

■ポイズン・ア・ラ・カルト
晩餐会の席上、演劇界のパトロン ヴィンセント・パイルが毒殺されます。同席していた探偵ネロ・ウルフは、容疑者を5人の女性給仕に絞り込むのですが、決定的な証拠が見つからず・・・

蘭の栽培を趣味にする美食家探偵ネロ・ウルフが登場します。本書のテーマそのものの作品です。ウルフと助手のアーチ・グッドウィンの掛け合いが魅力なのですが、ウルフの尊大さや、事件の決着のつけ方には好き嫌いがあるかもしれません。殺人の巧妙なトリックを期待して読み進めると落胆してしまうでしょう。多少なりともネロ・ウルフを知っている読者向けの作品です。

■おとなしい凶器
警官の夫パトリックに別れ話を切り出されたメアリー。ショックを受けたメアリーは、発作的にパトリックを撲殺してしまいます。凶器は凍った子羊の脚 ・・・

凶器を隠すトリックが有名で、小学生の頃、学習雑誌の謎解き特集で読んだことがあります。暫くたってから、ロアルド・ダールの短編集『あなたに似た人』で再会し、えらく感激したことを憶えています。再読になってしまいましたが、ロアルド・ダールの名人芸を、改めて認識しました。

本書に収録されているその他の作家は以下のとおりです。( )の中は、登場する探偵です。

G・B・スターン/ロジャー・ゼラズニイ/アガサ・クリスティ(エルキュール・ポアロ)/長いメニュー(レジナルド・フォーチュン)/ニコラス・ブレイク(ナイジェル・ストレンジウェイズ)/ロイ・ヴィカーズ(迷宮課)/マイケル・ギルバート(パトリック・ぺトレラ)/ローレンス・G・ブロックマン(コフィー博士)/ジョルジュ・シムノン(メグレ警視)

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