【本の感想】重松清『ナイフ』

重松清『ナイフ』

重松清『ナイフ』は、自分が一番公の場で読んではいけない作品です。

ちょうど昼休みの終わり頃、収録作品の「エビスくん」を読んでいるあたりで、涙腺が決壊しそうになってしまいました。さすがにひとり咽び泣くおじさんを演じるのに忍びなく、土俵際で持ち堪えたのですが、午後のお仕事は若干取り乱してしまったかもしれません。会社の皆さんごめんなさい。

『ナイフ』は、5つの短編からなる作品集で、うち4作品はいじめを背景としています。いじめを受けている子供たち、そしてその家族に寄り添うように著者は語りかけます。子供の気持ち、親の気持ちそれぞれを理解できてしまうので、自分は穏やかではありません。挟み撃ちの状態で、琴線を鳴らされまくったようです。

いじめの描写があまりに露骨なので、読み進めるのに躊躇いを感じるシーンがあります。いたたまれなくなってしまうのです。だからこそ、読み終わった時に、心に響くものを残してくれるのだと思います。

作品の中では、いじめそのものが解決されるわけではありません。現実もそういうものでしょう。最後に出てきたのが希望というほど明るいものではなくても、小さな気づきがあれば、今より少しは良くなります。悲惨さに終始してはいませんが、突然、ドラマチックな幸せがもたらされることもありません。一歩だけでも前に進む勇気を与えてくれる。『ナイフ』はそんな作品集です。

■ワニとハブとひょうたん池で
突然、ハブ(仲間はずれ)になった中学二年のミキの日々が描かれています。様々な嫌がらせを受けながら、心配する父さんや母さんに打ち明けず、ひたすら耐え続けるミキ。近所のひょうたん池で目撃されたワニと自分を重ねあわせながら、孤独を噛みしめています。ゲームと化したミキのハブは、執拗さを増し、クラスから学年へ、そして塾まで広がってしまうのでした・・・

いじめを真正面から受け止め、へこみながらも、折り合いをつけていくミキの明るさが泣けてきます。

■ナイフ
私の妻が、中学生の息子 真司がいじめられていることに気づきました。真司のことで心を傷める妻は、目を背ける私をなじるようになります。自身の弱さとずるさを悟った私は、ふとしたきっかけで折り畳み式ナイフを手に入れてから、真司を守ることを決意するのでした・・・

いじめを受けている子を持つ父親の気持ちが、せつないですね。強い男に憧れながらそうなれなかった父親と、いじめに立ち向かおうとする息子。息子の背中を見ながら、父親としての自分の強さに思い至るシーンは、美しさすらあります。

■キャッチボール日和
わたしの幼なじみで中学校の同級生 大輔くんは、登校拒否の連続記録を更新中。大輔くんちのおじさんは、そんな大輔くんを理解できません。いじめに負けちゃだめだと言うのです。おじさんは、ちっともわかっていないのです・・・

大輔に向けられたいじめ、そして、高校球児で快活な父親と性格の全く違う大輔のすれ違いが、わたしの視点で描かれていきます。いじめのギャラリーだったわたしが、親子を見つめて何を思うに至ったのか。不器用な親子関係が身につまされる作品です。

■エビスくん
小学校最後の秋、ぼくのクラスに転校生エビスくんがやってきました。エビスくんは、ぼくの親友になり、そしてぼくを毎日いじめるようになります。身体が大きいエビスくんに、クラスの皆は遠巻きに見ているだけ。そして、抵抗しないぼくに、皆、愛想を尽かし始めてしまうのでした ・・・

入院している妹に生きる希望を与えるため、ぼくはエビスさまに会わせてやると約束します。いじめられても、なおエビスくんを嫌いになれないでいるぼくは、意を決して、エビスくんに妹との面会をお願いするのでした。

ぼくとエビスくん、そして妹の交差する思いにすっかり感激してしまいました。締めくくりは、15年後に開かれた同窓会です。ここでのぼくのモノローグが、素晴らしい!家で読んでいたら、泣いてしまったでしょう。

■ビター・スィート・ホーム
妻は、娘の担任の女性教師が気に入りません。娘にいちいち干渉してくるのです。元高校教師の妻は、クラスの総意を集めて抗議することを決意します・・・

この作品だけは、いじめを扱ってはいません。何となくしっくりいかない夫婦を、学校で発生した問題を通して描いています。どこの家庭でも見られる些細な出来事なのでしょうが、妻の鋭い一言にドキっとします。

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