【本の感想】中村文則『最後の命』

中村文則『最後の命』

中村文則『最後の命』は、少年の頃に受けた精神的な傷が癒されぬまま大人になった男たちの物語です。

あぁ、トラウマ話ね、と一言では片付けられない、逃げ場のない息苦しさを感じます。心的外傷が原因で犯罪に手を染めるというプロットは、あまりに陳腐です。懊悩にのたうち回る姿や、直情的な性向の表現に納得性がないと、読者は興味を惹かれないでしょう。その点では、あくまで男性視点ではありますが、成功している作品だと思います。ミステリの味付けをしたのも、面白味という点で評価します(ここは意見が分かれそうだけど)。

「私」は、会社を辞め、趣味でサルトルの翻訳に勤しむ日々。恋人 香里と別れてから、デリヘル嬢エリコに性的な処理をしてもらっています。「私」は、小5で自律神経失調症を、高校で鬱を患っており、今もって精神の状態は健全とは言い難い、というプロフィールです。

ある日、親友の冴木から7年ぶりの連絡が「私」に入ります。バックパッカーとして放浪の旅を続けてきたと、近況を語る冴木。ほどなくして、「私」は、帰宅した部屋の中にエリコの死体を発見します。冴木が「私」の部屋へ侵入し、エリコを暴行死に至らしめたのか・・・。どうやら、冴木は、連続婦女暴行犯として手配されていたようなのです・・・

ここから、「私」と冴木の、8歳の頃の出来事が、回想されます。

秘密基地で遊んでいた二人は、ホームレスの男たちが、一人のホームレスの女を暴行している現場に遭遇してしまいます。二人が警察を連れて来た時には、女性は殺害されていたのでした。この事件をきっかけに「私」と冴木は、死と暴力に取り憑かれます。

後悔に苛まれた「私」は、根源的に暴力に惹かれるのではと疑心暗鬼に陥り、精神を病んでしまいます。死とは概念でしかない小学生が、沸騰する欲望と凌辱の末の、リアルな死を目の当たりにしたのです。壊れてしまうのも宣なるかな。嫌悪を覚える程の、生々しい描写です。

冴木に支えられた「私」。しかし、一つの出来事が、二人を疎遠にさせてしまいます。「私」が死に、そして冴木は暴力に魅入られていたのです。8歳の二人の少年に植え付けられた悪の種子が、それぞれに育っていたわけです。死と暴力が合わされば、否応なく過去の事件に引き戻される。二人の関係性をそのように受け止めました。

「私」を思い悩ませる、「私」というものの本質。「私」が意味もなくサルトルの翻訳を続けるのは、「実存は本質に先立つ」という哲学に拠り所を見出そうとしているのでしょうか。死の間際で生を確認するという「私」の止められない行為は、自分も死への想像を逞しくさせることがあるので、共感はできます。

さて、ラストは、冴木の告白と決着、そしてエリコの死の真相へと向かいます。死と暴力に囚われた二人の結末は如何に。「私」のこれからにざわめきを残すシーンで幕を閉じることになります。どよ~ん・・・。

2014年公開 柳楽優弥、矢野聖人 出演 映画『最後の命』はこちら。

2014年公開 柳楽優弥、矢野聖人 出演 映画『最後の命』

柳楽優弥演じる「私」が、精神を病み死に囚われているようは描かれていません。サルトルの翻訳に勤しんでいる描写は端折られており、本好きな暗い青年ぐらいの設定です。流石の目力ですが、これでは原作の持つ陰々滅々とした負の感情は喚起されないでしょう。

矢野聖人演じる冴木は、性的に怪しい雰囲気を上手く醸し出していますし、比留川游演じる香里は、壊れっぷりに鬼気迫るものを感じさせます。おまけに主役もだと、暗くて鑑賞に堪えられなくなるのかなぁ・・・

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