【本の感想】ニール・ジョンソン『複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する』

複雑性科学を概説し、複雑性科学がどのような場面で適用がすすんでいるかを提示するものです。科学の知識がなくとも読めるという謳い文句ですが、ゆえに明確さを欠いてしまうといジレンマに陥っているようです。

ニール・ジョンソン(Neil Johnson『複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する』(Simply Complexity)は、複雑性科学、つまり相互作用をしている多数の要素の集合で生じる現象の研究を概説し、複雑性科学がどのような場面で適用がすすんでいるかを提示するものです。

と要約したものの、自分は複雑性という科学の分野があることを本書で初めて知りました。世の中には、まだまだ、知らないことがあるものです。これが本書を読んで、自分が率直に感じたこと。交通渋滞やインフルエンザのように、発生してはいつの間にか終息してしまう現象は、誰もが認知している現実的な問題ではあるけれど、このことを科学として研究する分野が存在するのです。

本書は2部構成になっている。PartⅠ「複雑性、その可能性の核心」では、複雑性科学とはそもそもどういうものか、なぜ重要なのかを解説し、PartⅡ「不確実な世界を読み解く」では、PartⅠをベースとして、複雑性科学の応用分野を紹介していきます。

本書では、複雑性の見られる系の条件を、①相互作用している多数の要素が含まれる、②構成要素が時系列的、空間的なフィードバックを受ける、③構成要素が自分自身で挙動を修正できる、④周囲の環境に影響を受ける「開いた系」である、⑤「生きている」ように見える、⑥創発現象が見られ、それが極端なものになる場合がある、⑦全体を統制する中心が存在しない、⑧秩序ある挙動と無秩序な挙動の複雑な組み合わせを示す、としています。

つまり、自分たちの日々の生活が、複雑性の見られる系そのものなのです。確かに、交通渋滞を例にとるならば、渋滞を避けようとした裏道がなぜか混んでいたり、逆に、覚悟した渋滞にひっかからないことがあります。交通情報や過去の経験からのフィードバックによって、空いている道を競い合うというドライバー達の挙動の結果です。渋滞していても、中央制御装置的な存在なしに、やがては解消してしまいます。

本書では、複雑性を、卑近なアナロジーと、いくつかの単純化したモデルを用いて検証します。ここで示唆に富むのは、複雑性科学の目指す方向性として、個々の詳細さに拘泥せず、簡単なモデルで定性的な特徴を忠実に再現するところです。大局観に通じると思いますが、もの事の捉え方として実に参考になります。無秩序の状態と秩序のある状態の行き来において観察される「秩序ポケット」や、「フラクタル」、「カオス」、「ネットワーク」等の解説も納得性が高いですね。

複雑性の重要さが、無関係と考えられていた現象間のつながりからの新たな洞察や新発見にあり、単純な相互作用から多様性が見出されるとするのは興味深いものがあります。菌類の養分摂取のモデルが、交通渋滞の解消に役立つといったいくつかの例示です。PartⅡでは、金融市場の動向、理想のパートナーとの出会い、戦争やテロ、感染症や癌の抑制、量子ゲームまで敷衍していきます。これらのテーマは、いくつかは(感情的に)首を傾げたくなるものがあるのですが、自分たちに夢を与えてくれるに違いありません。複雑性科学が、科学の根幹をなす科学であるということがよくわかります。

本書の、科学の知識がなくとも読めるものをという目的は、ある程度達成できていると思います。しかしながら、そのことが、個々のテーマについて明確な解を提示できないというジレンマに陥っているようにも見えてしまいます。

原書のタイトルは「Simply Complexity」。日本語タイトルが、本書の内容を正しく表現していない気がするのは自分だけでしょうか。