【本の感想】中村文則『土の中の子供』

中村文則『土の中の子供』

2005年 第133回芥川賞受賞作。

中村文則『土の中の子供』は、虐待の過去を持つタクシードライバーの「私」が、自己破壊衝動のような喧嘩沙汰を起こすところから物語は始まります。

所々、フラッシュバックするかのように、過去の幻影が挿入されるので、心的外傷を抱えた不幸な男のありきたりなドラマの展開を予想しました。窓の外から缶コーヒを落として、その潰れる様に自己を同化するあたりの陰々滅々とした暗い欲求。外界との繋がりをできるだけ排除し、心の傷から愛の行為を不毛にしてしまう女性 白湯子と寄り添うような生活。著者の筆力が高いだけに、正直、ゲンナリしてしまいます。

「私」が、ヤマネさんに借金を求めようとした時に起こる白日夢は印象的です。庇護を受けようとすることが罪であるかのような、強い負の意識を感じさせるのです。

本作品は、凡百のトラウマ話しと違うことは読み進めていくうちに分かってきます。「私」が、タクシー強盗に命を奪われる寸前の脱出行。真の死に向き合ったとき、「私」は再生の手掛かりを掴んでいくのです。27年の「私」の人生で、自身を滅するごとき行動は、過去を乗り越えるための通過儀礼として存在していたのでしょう。

本作品のラスト、「私」を虐待し、捨てていった親との再会を拒絶した際の

僕は、土の中から生まれたんですよ

という言葉を、自身の過去を自身で清算したという決意表明と受け止めました。

解せないのは、白湯子との関係でしょうか。庇護を受けることの罪を心の内に抱えているのであれば、果たして、人を庇護しようとするのか疑問が湧きます。彼女との触れ合いが、「私」の再生のための一助となっているのであれば、このあたりを掘り下げて欲しかったですね。

  • その他の中村文則 作品の感想は関連記事をご覧下さい。