自己破壊衝動を持つ男の物語ですが、ありきたりトラウマ話に陥っていません。自身を滅するごとき行動は、過去を乗り越えるための通過儀礼として描かれています。タイトルの意味から、再生への希望を窺い知ることがで…
【本の感想】中村文則『銃』
中村文則『銃』は、人が、ものに魅入られ、執着し、徐々に壊れていく様を描いた作品です。よくあるテーマであって、対象となるのは、金や人形などの物理的なものから、はたまた愛や死といった観念的なものまで、文学作品としてお目にかかります。本作品の場合は、タイトルの通り「銃」。
西川トオルは、ある日、公園で五十代の男の死体を発見します。その死体の傍に落ちていたのは、男を撃ったと思しき拳銃。西川は、死体をそのままに、拳銃を拾って帰路に就くのでした。その瞬間から、西川の銃に対する執着が始まります。
著者のデビュー作となる本作品は、以降の作品のまさしく原点と言えます。自身の内的世界に閉じ籠って世間と隔絶しながら、「孤独」ではかたずけられない壊れた感情に支配されている。そんな登場人物たちが、著者の作品には多くみられます。
本作品の西川の銃に対するのめり込み方は、粘着質です。血生臭い妄想が、執着に拍車をかけ、さらに血生臭い妄想を搔き立てていきます。ねちっこい筆致で表現されるのは、西川と銃の、主従が逆転したかのような、内面のざわめき。
銃は、よく性器に例えられますが、銃弾を射出せんと煩悶する様は、寸止めで精の放出を我慢しているような淫靡で性的な生臭さを印象付けます。西川が、合コンから持ち帰えり一夜を共にしたトースト女や、同級生のヨシカワユウコより、銃の方が肉感的です。
銃を撃ちたい欲求の高まりを抑え難くなる西川。瀕死の黒猫を射殺し、さらに欲望を沸騰させていきます。銃を拾ったことを刑事に疑われ、「人を撃つな」と警告されても沈静化することはありません。周囲から見ても徐々に壊れていることが分かり始めた西川。隣人の、子供にDVをはたらく母親を付け狙い、粛清しようとするのでした。
西川は、正義感に駆られてターゲットを決めたわけではありません。DVを受けている子供が持つ沢山の手のないザリガニは、銃で雁字搦めになっている西川を表しているようです。解放されるためには、母親を撃つしかない。そんな心の動きを読み取りました。
激しい葛藤の末、銃を撃つことを断念した西川。ようやく、銃を捨てることを決意するのですが・・・。
ラストは、ただただ鮮烈です。しかしながら、どうもどこかで読んだり、観たりしたように思えるのですよ。まぁ、そこはデビュー作なので。
文庫版には、もう一編「火」が収録されています。幼い頃、両親を焼死させた女性が、彼女の転落人生を精神科医に語り聞かせるという体。人が壊れていく様が、じっくりと描かれる陰々滅々とした作品です。人生を蹂躙された者の魂の叫びと表現すれば良いでしょうか。
本作品が原作の、2018年公開 村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキー 出演 映画『銃』はこちら。
再映画化された『銃2020』は、本年2020年公開予定です。
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