【本の感想】島田荘司『火刑都市』

1986年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第5位。

島田荘司作品は、ミステリーランキングをから読んでいるだけなのですが、奇を衒ったプロットと大胆なトリックで度肝を抜くミステリ作品が多いように思います。『火刑都市』は、事件を足で追う刑事が主役で、著者の作品の中では地味な部類に入るでしょうか。

新宿区四谷の雑居ビルで、放火と思われる火災が発生しました。現場からはガードマン土屋の焼死体が発見されます。土屋は、睡眠薬を飲んで熟睡しているうちに、火災に巻き込まれたようです。捜査を担当する中村刑事は、土屋の謹厳実直な人柄から、仕事中の居眠りに不審を抱き殺人を視野に入れます。まだ二十代の土屋は、人付き合いが苦手で孤独な生活を送っていました。

中村刑事が土屋の身辺の聞き込みを続けるうちに、土屋と暮らしていたらしいひとりの女性の影が浮かび上がります。彼女は土屋が焼死する当日、家を出ていったまま帰らないのです。しかし、土屋の部屋に、彼女のいた痕跡は見当たりません。中村刑事の捜査が遅々として進まないまま、第二、第三の火災が発生して ・・・

中村吉造刑事は、著者のシリーズキャラクター御手洗潔、吉敷竹史が主役の作品に、脇役として登場するようです。自分の読了した作品にも登場しているはずなのですが、残念ながら記憶にありません。中村刑事が、過去の事件に時折言及するので、著者の作品を読み込んでいると、本作品をより楽しめるでしょう。画家にさせたかったという母親のため、常にベレー帽をかぶっているという、中村刑事の設定を憶えておきましょうか。

事件は、中村刑事が謎の女を突き止めてから、連続放火事件が勃発し、混迷を深めていきます。発火場所は全て密室。そして、燃え残された東京の文字。謎の女と第一の事件、そしてその後の放火事件との関連性が判然としないままストーリは展開し、ついに第二の殺人が発生します。犯人から届けられたメッセージ「地の水で消せ」の意味とは何か。

東京という都市の成り立ちを背景にして、そこで暮らす孤独な人々の悲哀が描かれた作品です。トリックが地味めで、事件そのものも納得性がいまひとつ。けれど、地方出身者の自分にとって、大都会の中で生きていく寂しさに共感を覚えてしまいました。

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