東京という都市の成り立ちを背景にして、そこで暮らす孤独な人々の悲哀が描かれたミステリです。トリックが地味めで、事件そのものも納得性はいまひとつ。けれど、大都会の中で生きていく寂しさに共感を覚えてしまい…
【本の感想】島田荘司『切り裂きジャック・百年の孤独』
1988年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門第10位。
9世紀のロンドンを震撼させた切り裂きジャックは、作家さんたちの創作意欲をいたく刺激するようです。
史実に基づいた研究書から、ホラー、SF、ミステリ等々、切り裂きジャックを取り上げた作品をよく目にします。媒体も書籍に留まらず、映画、ゲーム、音楽と様々です。シャーロック・ホームズの活躍した時代、娼婦を次々に殺害し、忽然と姿を消した正体不明の殺人鬼。誰しもノスタルジーにも似た感傷を掻き立てられるのではないでしょうか。
島田荘司『切り裂きジャック・百年の孤独』は、タイトル通り切り裂きジャックをモチーフにしたミステリです。
舞台は、1988年のベルリン。この地で、立て続けに女性の惨殺事件が発生します。被害者の5人は、いずれも娼婦であり、腹部を切り裂かれ、内蔵を引きずり出されて死亡していました。警察当局は、この猟奇的な事件と、1888年に起きた切り裂ジャック事件との類似性に注目し始めます。決定的なのは、殺人現場の『ユダヤ人は、みだりに非難を受ける筋合いはない』という落書き。この落書きは、切り裂きジャック事件の現場に残されたとものと同じ文言だったのです。 ・・・
本作品は、現在に発生した連続殺人事件と、切り裂きジャック事件を一気に解決してしまうという奇想天外さが見所です。
探偵役は、真紅のコートを着た日本語の堪能な紳士、「切り裂きジャック研究会」名誉顧問クリーン・ミステリ!(あぁ、この人は!と島田荘司作品を読んだことがあるなら直ぐに気付くはず)
本作品は、1988年ベルリンの事件と、1888年ロンドンの切り裂きジャック事件が交互に描かれて、ストーリーが展開します。被害者たちの関係、殺害された方法、犯人の遺留品、そして犯行声明。二つの事件の類似性が、徐々に浮き彫りになっていきます。
切り裂きジャック事件そのものに詳しくなくとも、興味を損なうことはありません。読み進めるうちに、理解が深まるようになっています。ストーリー展開と随所に埋め込まれた巧妙な仕掛けに、用心していてもついついミスリードされてしまうでしょう(これナシってのもあるけれど)。
100年の時代を経て、二つの事件にどのような関連があるのでしょうか?
予想外の犯人、そして犯行の動機にびっくり仰天ではありますが(伏線が、きっちり、しっかりと張られているので、お見逃しなきように)、二つの事件の関連性に納得できるかで好き嫌いは分かれそうです。犯人を暴くシーンは、作品のどこかクラシックな雰囲気とはマッチしてはいるけれど、ケレン味ありですね。これも、評価が難しい点です。
さて、現在の事件をなぜベルリンを舞台にしたのかという疑問は残ります。本作品発表時は、ベルリンの壁崩壊前ですから、都市全体を密室状態に見立てているのでしょうか。それとも、当時のベルリンの街並みや風俗が、1888年のロンドンのイメージに近いからなのでしょうか。う~ん。
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