ウェストレイクお得意のドタバタものです。いわゆるスラップスティック・コメディ。ゆる~いコミカルさが漂っています。大笑いとはいきませんが、くすっとはさせてくれるでしょう。
【本の感想】ドナルド・E・ウェストレイク『鉤』
2003年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門 第5位。
2004年 このミステリーがすごい! 海外編 第6位。
ドナルド・E・ウェストレイク(Donald E. Westlake)『 鉤 』(The Hook)(2000年)は、作家の狂気を描いた心理サスペンスです。
スランプに陥ったベストセラー作家プライス・プロクターは、偶然見かけた二十年前の作家仲間ウェイン・プレンティスへ相談を持ちかけます。ひとつは、ウェインの買い手が付かない作品をプライスを譲ること。もうひとつは、離婚調停中の妻ルーシーを亡きものにすること。報酬は55万ドル。迷いから抜けきれないウェインでしたが、プライスの手引きでルーシーに接近し、発作的に彼女を殺害してしまいます。一方、プライスはウェインの作品に手を加え、ベストセラーとして世に出すことに成功するのでした・・・
予想されるのは、プライスとウェインが揉め事を起こして、犯罪行為が暴露されるという展開です。しかし、ウェストレイクのこの作品は違います。さぁ、ここから二人の確執が始まるぞ、という数々の場面で、解決策が見出され鎮静化してしまうのです。この想定を外される時に感じる苛立たしさが、良い意味でたまりません。
ウェインは、プライスの申し出を妻スーザンに相談するのですが、このシーンは読者に違和感を与えるでしょう。なぜなら、慈善団体で働くスーザンは、二人の将来のため、あっさりこれを是認してしまうからです。プライスにしても、前妻エレンに罪を告白するものの、子供たちのために沈黙しているよう諭される始末。
本作品は、いつものウェストレイクらしいユーモアが見られません。登場人物たちの心理描写に重点を置いた、じっくりと読ませるタイプのミステリになっています。人の暗い部分の描き方が際立っていて、特に、ルーシーを殺害する時の、ウェインの心の動きは秀逸です。
警察の追及から逃れ、プライスとウェインそれぞれの安定した生活が始まると、プライスの精神状態が変調をきたします。プライスは、スランプの進行が深刻になっていくに従って、ルーシーの殺害を他人に託してしまったことに、罪悪感を感じ始めます。犯行時、自分がそこにいるべきであったと思い悩むプライス。ウェインは、そんなプライスに手を差し伸べ、彼を立ち直らせつつ、自己の欲求を満たそうとするのですが・・・と、続きます。
プライスが、除々に狂気に蝕まれていく様は、まさに心理サスペンスの趣です。犯行の当事者にもかかわらず、事件を忘れ去っていくウェイン。プライスとウェインの対比が、壊れていく男の姿の凄まじさに拍車をかけます。ウェストレイクもこういう作品も書くのか、というのが実感です。
本作品では、プライスとウェインの執筆作業を通じて、ウェストレイクのプロットの組み立て方を垣間見ることができます。ちょっとためになるお得な作品でもあったりするのです。
なお、タイトルの『鉤』は、解説によると「読者や観客を引きつける要素、工夫」の意味だそうです。
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