【本の感想】A・J・クィネル『血の絆』

本の感想 A・J・クィネル『血の絆』
「血の絆」原著

1985年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門第3位 。

沖縄に出張したとき、現地を案内してくれた方に「皆さん泳ぎは達者なんでしょうね」と尋ねたら、「海は見るものであって、泳ぐものじゃありません」と笑いながら返されたことがあります。いつも同じことを聞かれ、同じように応えているのだろうけど、すっかりこの素敵なフレーズが気に入ってしまった。もっとも、その後、彼はグラスボートで船酔いしてしまい、見るのもだめじゃん!になってしまうのですが。

海洋冒険小説を読むと、しばしば、この時のことを思い出します。アリステア・マクリーン『女王陛下のユリシーズ号』、ウィルバー・スミス『虎の眼』、マーティン・クルーズ・スミス『ポーラー・スター』 ・・・いずれも、大自然に挑み、そして翻弄される人々の姿が描かれています(ハーマン・メルヴィル『白鯨』という古典もあるか)。安全なプールでしか元気に泳くごとができない自分は、恐怖に近い感情をもって、これらの作品を読んできたと思います。

A・J・クィネル(A・J・Quinnell)の『血の絆』(Bloodties)も海洋冒険小説です。

1965年 ニューヨーク。未亡人のカーティス・ヘイウッドは、一人息子ギャレットが東アフリカ沖合で行方不明となった報を受けます。ギャレットの死を受け入れられないカーティスは、ギャレットが乗船していた船の船長ラセルに真相を問いただすべく、一路、タンザニアへ。しかし、ラセルの乗るジャルード号は、既にセーシェル島へ向けて出発していたのでした。カーティスは人々の制止を振り切り、唯一の手がかりであるラセルの跡を追うことに ・・・

カーティスを助けるのは、ボンベイから一人船に乗って旅をしている元税関の簿記係ラメッシュ、カナダ人の石油掘削人ケイディ、スマトラ人の少女ラニーです。国籍も人種も違う彼らは、運命に導かれるようにカーティスと出会い、カーティスの息子への思いに打たれ大海原へ共に旅に出ます。

本作品の前半は、4人が出会うまでに頁が割かれています。ラメッシュは、イギリス人とインド人の混血の中年男。人々の差別に嫌気がさし、母親の遺品を処分して購入したおんぼろ帆船で、海へと乗り出しました。航海の知識のないど素人がアフリカへ向けて船出するというあたりは、荒唐無稽であっても目をつぶってあげなければなりません。異なる人生を歩んできた人々が邂逅し、目的を一つにするというロマンチックな物語には多少のご都合主義はあっても良いのです(と断言してしまおう)。

行方不明の息子を探すカーティス。身寄りのない密航者ラニー。上司を殴り倒して仕事場をクビになったケイディ。それぞれの事情を引きずりながら、ラメッシュの船に合流し、ラセル追跡行を繰りひろげます。

後半は、あるときは船の故障にみまわれ、あるときは嵐に巻き込まれという海洋冒険小説のお約束のストーリー展開です。ラメッシュのど素人ぶりが危機感をより煽るとともに、それを乗り越えていくことで自信を得ていく男の姿が描かれていきます。旅の途中のアツイ友情や、ハーレークインロマンスばりの恋愛も彩りを添えていることになるでしょう。

ギャレットはいずこ。カーティスの思いは叶うのでしょうか。物語は、当時のタンザニアの社会情勢を巧みに取り入れ、アクションたっぷりの結末へなだれ込んでいきます。ここも、野暮なツッコミは無用。見て見ぬふりをすることも作品を楽しむには大切なのです(多分 ・・・)。

概ね楽しい読書の時間を過ごすことができますが、日本語訳の会話だけは不満が残ります。48歳ラメッシュの10代のような話っぷりや、ケイディのべらんめぇ口調が興を削ぐのです。ラメッシュは、ストーリーの進行に従って、徐々に話し方が変わっていきます。旅によってひと皮むけた男を表現したかったんだろうとは思うのですが、どうもしっくりきません。ここは知らんぷりできないのだなぁ。

ところで、自分は例の素敵なフレーズを真似て「北海道の方はスキーが達者なんでしょうね」と尋ねられたら、「雪は見るものであって、滑るものじゃありません」と言うようにしています。まぁ、下手くそなだけなんだけれどね。

(注)読了したのは新潮文庫の翻訳版『血の絆』で、書影は原著のものです。

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