【本の感想】ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、どんでもなくわかりやすい経済の話』

ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、どんでもなくわかりやすい経済の話』

ただでさえ娘と会話がなくなっている今日この頃。父が娘に経済の話を語るって?TikTokは、語れないけど、経済のことなら多少いけるっしょ。ということで、タイトルに物凄く惹かれたのが、ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、どんでもなくわかりやすい経済の話』ブレディみかこの煽り文が、読書欲をさらにそそります(ついでに佐藤優も)。

タイトルだけならば、ニコウラス・ピーパー『親子でまなぶ経済って何?』という似たような経済史の本を読みましたが、本書は、貨幣の起源、エンクロージャーと賃金労働者の発生、剰余価値などをより分かり易く解説しています。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

市場経済の成り立ちを含め、著者は考え方が斬新ですね。ギリシャ崩壊の危機の頃、財務大臣であったこと考えると、なるほどなる文章がちらほらとお目にかかれます。経済の一つの切り口として、興味を惹かれはします。

ただ、タイトルに関しては、結論から言ってしまうと、自分の教養としては良いけれど、娘に語り聞かせるなんてとんでもない(読者は、始めから期待してないか)。一方的に語りかけて、何年間か口をきいてくれなさそうです。映画「マトリックス」の仮想世界や「スタートレック」を持ち出して、あるべき姿を語ろうとしているあたり、分かり易さを強調できる反面、ありふれた安っぽい精神論を感じるのは否めず・・・

自分が注目した文章を、いくつか引用してみましょう。

農作物の余剰が、人類を永遠に変えるような、偉大な制度を生み出したということ。それが、文字、債務、通貨、国家、官僚制、軍隊、宗教といったものだ

これは大胆な発想です。本書では、余剰がキーワード。例えば、著者は、余剰を蓄積するために権力の集中が必要で、権力が集中するとさらに余剰が蓄積されたのだと言います。支配者に冨が偏在していくプロセスを紐解かれると、誰もがなるほどと納得するでしょう。官僚制や軍隊が偉大な発明か、は別として。

献血者が有償の国では、無償の国よりはるかに血液が集まりにくい

商品としての価値(交換価値)と、善意のような値段がつかない(経験価値)の例示です。これを踏まえて、以下の主張を読むとどうでしょうか。

経験価値より交換価値を優先する市場社会から環境破壊を守るために、かろうじてまだ残っている経験価値をひとつ残らず交換価値に変えるという考えは矛盾していると思うが、こうした考えがいまでは主流になりつつあり

ここでは、環境破壊に対する方策として、いもしなかった視点から、森や大気を小分けする方法が述べられています。環境破壊反対!を唱えているだけじゃぁダメなのです。

金持ちと権力者が環境の民営化を進めるのは、政府が嫌いだからではない。政府にクビを突っ込まれるのがいやなのだ

と、元大臣ならではの、多少の毒も吐くわけですね。

機械を共同所有することで、機械がうみだす富をすべての人に分配した方がいい。自分たちが生み出した機械の奴隷になるのではなく、すべての人がその主人になれるような社会をつくるほかに道はない

AIが将来多くの働き手を奪ってしまうというのは、良く耳にします。やっぱり、この著者の主張しか打つ術はないのでしょうね。ルトガー・ブレグマン『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』が頭を過りました。

倒産や経済危機によって。少なくとも当分のあいだ人間の労働力は安くなり、生き残った企業は最新型のロボットのかわりに失業者を雇い入れるようになる

これは、ギリシャ破綻の弁明の一文?

つまるところ、満足と不満の両方がなければ、本物の幸福を得ることができない。満足によって奴隷になるよりも、われわれは不満になる自由が必要なのだ。

これは、名言ですね。本書で一番、共感をしました。

本書を読んで、雑談の幅は広がったかもしれません。内容を忘れなければ、ですけど・・・