【本の感想】貫井徳郎『微笑む人』

貫井徳郎『微笑む人』

貫井徳郎『微笑む人』は、理不尽な理由で妻子を殺害した男の物語です。

本作品は、仁藤俊美が妻の翔子と3歳の娘 亜美菜を溺死させた事件、通称 安治川を追うジャーナリストの視点で展開します。仁藤が語る妻子殺害の動機は、「本を置くのに邪魔だから」。弁護士も困惑するこの言が俄かに信じられないジャーナリストは、真実がどこにあるのか、関係者のインタビューから明らかにしようとします。

仁藤の証言は、カミュ『異邦人』の殺人を犯したムルソーの有名なセリフ「太陽が眩しかったから」を思い起こさせます。自分は、ムルソーの心の内を読み解くことはできませんでしたが、果たして本作品はどうでしょう。

仁藤は、周囲の誰に聞いても評判の良い男です。勤め先では、仕事が評価され、男女問わず後輩に慕われています。家庭を大事にする良き夫であり、父親である姿が、浮き彫りになるのです。ジャーナリストが、仁藤を直接インタビューしても得られるのは敗北感だけ。

仁藤の完璧さを突き付けてられればられるほど、読者には拭えぬ不信感が付きまとうでしょう。ジャーナリストが見つけた些細な綻びに、つい良からぬ想像を膨らませてしまいます。

後輩の小さなミスに仁藤が「死ねよ」と発したこと。後輩ともめ仁藤が取り成しした梶原が、ダムから白骨死体で見つかっていたこと。大学時代、ダンプカーで引かれ死亡した友人のレアなゲーム機を、仁藤が持っていたこと。これを仁藤の犯行と疑った刑事が、身に覚えのない罪で退職に追い込まれたこと。中学生の頃、仁藤が嫌いな犬を飼っていた隣家の主人が、ダンプカーに引かれ死亡したこと・・・

ジャーナリストは、仁藤の過去を掘り下げていきます。怪しい・・・。実に、怪しい。しかし、仁藤は、妻子を殺害したこと以外は認めません。緩やかに微笑みを浮かべた超然とした態度に、化けの皮を剥いでみたくなります。

ジャーナリストが辿りついたのは、小学校5年生の頃の仁藤に起きた出来事です。飲み屋で働くカスミが語る、仁藤と同級生ショウコが関わった事件は、果たして仁藤の原体験なのか。そして、ついに明らかになる真相とは!・・・う~ん、そっちか・・・。本作品は、仁藤の精神に有り様というより、ジャーナリストの姿を通して読者の欲望を鏡に映して見せている、と受け止めれば良いでしょうか。「太陽が眩しかったから」と同じ、モヤとしたものが残ります。

本作品は、2020年 松坂桃李、尾野真千子 出演でドラマ化されました(脚本は秦建日子)。松坂桃李のアルカイック然とした微笑みが印象的です。ジャーナリストが女性(尾野真千子)であり、彼女の家庭の不協和音が絡み合う仕掛けとなっています。ラストは原作より分かり易く、かつ衝撃的ですね。

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