【本の感想】ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』

本の感想 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』

1987年 世界幻想文学大賞 アンソロジー/コレクション部門 受賞作。

『愛はさだめ、さだめは死』、『接続された女』、『たったひとつの冴えたやりかた』など、名作短編をものしたジェイムズ・ティプトリー・ジュニアJames Tiptree, Jr.)。

作品もさることながら、波乱万丈な人生に興味がひかれる女流SF作家です。デビュー以来、長らく男性作家として作品を発表し続けて、シオドア・スタージョンら名だたるSF作家をも、まんまと騙していたのです。ティプトリーは、本名が明らかとなった10年後、夫とともに自殺を遂げてしまうのですが、これは、実にショッキングな出来事でした。

『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』Tales of the Quintana Roo)(1986年)は、ティプトリーが女性であることが判明してからの作品で、ユカタン半島キンタナ・ロー州を舞台とした3つの連作短編からなっています。

語り手となるのは、心理学者と思しき老人です。彼が出会う海に魅入られた人々の怪異譚ということになるでしょうか。カリブ海やその周辺の風景が、幻影に溶け込むがごとく美しく描かれています。自分は、登場人物と同様、スキューバや水上スキーの経験が多少あるので、まぶたに焼き付くような色彩表現には懐かしさに似たものを感じました。

語り手の老人は、ティプトリーの男性としての分身のようです。彼が出会う人々との交流を読み解いていくと、ホモセクシャルな関係を連想してしまうのは考え過ぎなのでしょうか。ティプトリーは、エキセントリックなところもあったようですから。

解説では、CIAの創設スタッフだったティプトリーの、アメリカの対中南米政策への後ろめたさを示唆しています。なるほど、”マヤ愛好症”のティプトリーによる海洋幻想小説(ファンタジーかな)でありながら、アメリカ的生活様式の流入に対する嘆きを感じてしまいます。幻想的なフワフワ感に、現実のやるせなさを混ぜ込んだ作品集なのです。

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