【本の感想】中村航『100回泣くこと』
自分は、映画なり小説なりの愛と死の物語を、これまで観念的に見てきたような気がします。愛するものの突然の死を、幸いなことに身近で経験していないからです。頭の中で作り上げた悲しみに酔えるかどうかが、愛と死の物語を評価する基準になっていたように思います。
家族ができ、両親が年老いていくに従って、自分は、愛と死の物語が苦手になってきました。自分自身に投影してしまうことに恐怖してしまいます。冷静さをもって作品の世界に入り込むことが難しいのです。悲しいニュースを見てさえ、まんじりとしない夜を過ごすことも多々あります。
中村航『100回泣くこと』は、愛と死の物語です。
主人公の藤井君は、カノジョの佳美にプロポーズをし、練習と称して二人は一緒に暮らし始めます。
ときどき笑い、ときどき黙り、ときどきキスをして、どきどき指相撲をする
二人。人称は、ぼく(I)と、きみ(You)ではなくWeです。二人が紡ぎ、積み重ねていく、二人だけの世界は、微笑ましいくらいに透き通った愛に満たされています。
ところが、二人の幸福な生活は、長くは続きません。佳美が、深刻な病に倒れてしまうのです。命が消えていこうとする佳美に、なす術のない藤井君は、苛立ちに身を焦していきます。
突然、与えられた死という運命に抗えない二人。自分は、佳美の死を目前にした藤井君が、感情を爆発させないゆえに、却ってリアリティを感じます。やり場のない悲しみは、後から襲ってくるのでしょう。ひとりになった部屋で、佳美の残したものから呼び起こされる、Weの記憶が痛々しいですね。藤井君は、日々、涙を流し続けるしかありません。
生前、佳美が藤井君に制作を頼んだ、”中に何も入れないけれど、絶対明かない箱”には何があるのでしょう。自分は、藤井君が悲しみ続けることのないように、佳美がWeの記憶を封印したのだと思いたいのです。
泣きに泣いて、藤井君は、ようやく佳美のいない生活を始めようと決意します。佳美の
私たちは世界のいろんな思念を継いでいると思うの
という言葉を思い起こすと、感慨は一入です。佳美の触れ合った人々の中にも、佳美は生きているのです。
本作品を読んでも、自分は、愛する者の死への不安を煽りたてられませんでした。それは、本作品に、癒しに似た清々しさを感じるからでしょう。悲しみを乗り越えていこうとする人は美しいのです。Like this!
本作品が原作の、水谷愛 絵 漫画『100回泣くこと』はこちら。
本作品が原作の、2013年公開 大倉忠義、桐谷美玲 出演 映画『100回泣くこと』はこちら。