【本の感想】今村夏子『星の子』
今村夏子『星の子』は、謎の宗教に傾倒する両親の元に育った少女の物語です。
林ちひろは、小さな頃、病弱で、それを心配した両親は、新興宗教に救いを求めてしまいます。信者から与えられた水により、元気を取り戻したちひろを見て、両親はどんどん宗教に傾倒するようになるのでした。
ちひろの家族は、両親が宗教にのめり込むほどに、親戚や周囲の人々と距離ができるようになってしまいました。母の弟、雄三は、目を覚まさせようと働きかけるのですが、両親は頑なにそれを拒否します。ただ、ちひろの5歳違いの姉まさみだけは、そんな両親に懐疑的です。
本作品は、新興宗教にのめり込むことの恐ろしさを描いたものではありません。このような家庭に育った少女の姿を通して、価値観が違うものへの向き合い方へ一石を投じているように、自分は受け止めました。
まさみに比べてちひろは、世間から見れば奇異な両親を受け入れています。他者の価値観とは相容れないことを理解しつつ、偏見に晒されても委縮することがないのです。中学生となったちひろは、周囲から時に冷たい言葉を浴びせられながらも、両親を憎むことがありません。ちひろにとっては、他と違うことは深刻ではないのでしょう。著者は、ちひろの心の中を事細かに明らかにせず、どういう思いでいるのかを、読者に委ねているようです。家を出ることとなる姉まさみと、ちひろの会話には、姉妹の苦悩らしき片鱗が見られはします。しかし、本作品は、読者それぞれで違う読み方ができるはずです。
ちひろは、転校生の美女 渡辺さんと友達になります。渡辺さんは、ちひろの境遇を知っても態度が変わりません。むしろ、ちひろに向かって堂々と宗教のことを話題にします。幼い頃は分け隔てなく遊んでいた友達との間に、世間の価値観に浸食されるに従って、壁が出来てしまうのは良くあること。ちひろの視点ではありますが、渡辺さんの存在は、希望を与えてくれています。
ちひろは、大好きな南先生の似顔絵を何枚も描いています。南先生は、ちひろの両親のことを知り、授業中のあることをきっかけに、ちひろを強く詰ります。ここはクラスメート 釜本さんのエピソードが良いですね。ちひろの周りには、ちひろを理解してくれる人たちもいるのです。
本作品は、深刻さとか悲惨さが殊更表現されていないため、却って読んでいて辛い気持ちになります。ただ、こういう境遇の子というのは、第三者が想像するより、ずっと逞しいのかもしれません。
ラストは、家族で向かう研修施設「星々の郷」での一夜です。流れ星の降る夜、ちひろ、そして両親は何を思うのでしょうか。ここも著者は、結末を読者に委ねています。このハッキリしない終わり方は、賛否あるでしょうね。自分は、両親が敢えて、ちひろとの別離を選んでいるように感じました。
文庫巻末の今村夏子 × 小川洋子 対談は、ここに触れられているのですが、読まない方が味わい深かったように思います。
本作品は、2020年 芦田愛菜、永瀬正敏、原田知世 出演で映画が公開されました。