【本の感想】常磐新平『遠いアメリカ』
1986年 第96回 直木賞受賞作。
常磐新平『遠いアメリカ』は、モラトリアム男の日々を描いた作品です。
連作短編集で、タイトル作「遠いアメリカ」、「アル・カポネの父たち」、「おふくろとアップル・パイ」、「黄いろのサマー・ドレス」からなります。
大学院を中退して、なお親の脛を齧り続ける翻訳家志望 重吉が主役。1950年代が舞台ですが、いつの時代もこういう情けない中途半端は輩はいたのです。時代の雰囲気だけは、興味を惹かれました。それだけと言われれば、それだけなのですが・・・
■遠いアメリカ
重吉は、父の期待を裏切り、大学院をさぼり続ける日々。恋人の椙枝と連れだって喫茶店や映画館で時間をつぶしています。ファッション雑誌、映画、音楽、ペーバック、と重吉のアメリカへの憧れは、留まることを知りません。
翻訳家になりたいという漠然とした希望を抱きながら、何者にもなれず無為に日々を過ごすモラトリアムな青年がここに。重吉は、「頭のなかで、アメリカが大きくなり深くなり広くなり伸びてゆく」割に、手が届かないという失望感がつきまとっています。自分は、主人公よりも、父親の目線に近く、重吉の24歳にしては幼い考え方に辟易してしまいました。恋人を、不安にしてはいかんよねぇ。「七年目の浮気」公開など当時の流行や、かの国の文化に敏感な若者気質は、興味深く読めるのですが・・・
■アル・カポネの父たち
上京した父に面会し、翻訳がやりたいと告げる重吉。しかし、父は、「女をつくって半人前にもなれない」と重吉を詰ります。それでも、金をせびらざるを得ないという、情けなさ。10年前に死んだアル・カポネとその父の人生から、移民が一旗上げようと集ったエリス島と、重吉のいる上野を重ね合わせます。
父は相当な癇癪持ちでありながら、重吉に対する愛情は透けて見えます。凹む重吉を信じていると励ます椙枝は、そのことをちゃんと分かっているのです。重吉には勿体ない良い女です。
■おふくろとアップル・パイ
兄計吉と母を駅まで送りにきた重吉。母と兄のとりとめのない会話が続きます。母が口を酸っぱくして言うのは、道を踏み外すことがないように親心から出た小言です。
女を泣かすな、という母の警句はお見事。椙枝は、重吉をひたすら持ち上げ元気付けるのです。父、母、兄、恋人、仕事の面倒を見てくれる遠山さんら、周りは、皆、重吉を気にかけています。情けないのぉ・・・
重吉は、アップル・パイを食べながら、都会に住みアップル・パイを作る椙枝親子と母、アップル・パイを食べたことがない重吉の母との対比に思いを馳せるのでした。
■黄いろのサマー・ドレス
プロの翻訳家として歩もうとする重吉。遠山さんが持ってきた仕事は、出版社の久保田の厳しい指導付き。重吉は、日々、赤ペンチェックを受けながら、忸怩たる思いに苛まれます。
厳しい指導に耐え、久保田から編集員に誘われる重吉ですが、態度は煮え切らないまま。椙枝からは「私たち、結婚しなければね」と念を押され、遠山さんに相談し、入社を決意します。あれれ・・・
重吉が決して望んでいない、なし崩し的なゴールですが、これは、幸いなのでしょうか。その後の重吉が知りたくなるような、不完全燃焼(!)な清々しさです。