【本の感想】新章文子『危険な関係』

新章文子『危険な関係』

1959年 第5回 江戸川乱歩受賞作。

新章文子『危険な関係』は、文学指向の強いミステリです。

父の死で莫大な財産を相続した大学生 世良高行は、家族の誰かに毒殺されかけた過去がありました。郷里へ戻った高行は、命を狙ったものを探し出すため、狂言自殺を企てます。高行の死を目前にした人々の反応を見ようというのです。ところが、幾度も練習し失敗しないはず偽装で、高行はそのまま縊死してしまいます。偽装を妨害し、命を落とすよう仕組まれた何者かの作為が働いていたのでした・・・

高行、高行の義理の妹 めぐみ、高行の出生の秘密を知る緋絽子、緋絽子の元で働く勇吉、勇吉を慕う志津子。

章毎に彼ら登場人物の視点が切り替わってストーリーが展開します。バラバラであったそれぞれの人生を、縺れさせながら高行の死という結節点に持っていく周到さが素晴らしいですね。欲望まるだしのどろどろした人間関係なしでは成立しないミステリです。

この手のミステリにありがちな強引さは見られないものの、反面、人物描写に力点を置いているゆえに事件の発生そのもののテンポが遅く感じます。犯人の予想もつきやすいし、犯行の動機の点でもミステリとしてはいま一つでしょうか。ちょっと引いてみればおかしな所も目につきますね。しかしながら、著者の文章力に幻惑されてしまったからか、些細な瑕疵は気にはならないほど小説としての完成度は高いのです。

本作品は、文学指向の選考委員 大下宇陀児のお眼鏡にかなったのが頷けます。

なお、本作品と1961年 第7回 陳舜臣『枯草の根』の間の第6回は、受賞作なし。この時の、読まされて苦痛を味わったとか、辞引きを買えとかいう選考委員の毒のある嘆きが面白いですね。