【本の感想】ボブ・ラングレー『オータム・タイガー』
ボブ・ラングレー(Bob Langley)『オータム・タイガー』(Autumn Tiger)(1981年)は、ドイツ人捕虜収容所に潜入したアメリカ諜報部員の活躍を描く冒険小説です。ただし、”活躍”とはいえ、当の主人公は、全く身に覚えがありません。
CIA戦略事務局中尉ジャック・タリーは、退官を四日前に控えていました。さしたる功績がないものの順調に昇進を重ね、妻ルイーズと共に幸福な人生を送っているタリー。そんな老諜報員のもとへ、対外工作調整部がコンタクトをしてきます。東ドイツ諜報機関MfSの要人スタピウスに亡命の意志があり、タリーの出迎えが必須の条件だというのです。スタピウスとは全く接点がないタリーでしたが、最後のご奉公とその依頼を応諾します。スタピウスの面会場所は、パリのアメリカ大使館。そこで手渡された一個のライターが、タリーの記憶を大戦時へと誘います・・・
幕開けは、謎に満ち満ちて惹き込まれます。ピアノの得意なだけの、極めて平凡な男にどのような過去があったのか。ライターがトリガーとなって、失われた過去が蘇り始めます。
1945年、第二の母国語がドイツ語でだったタリーは、ドイツ軍のSSG300なる謎のワードを解明するミッションを与えられます。その方法は、ゲシュタポを装い、ドイツ人捕虜収容所へ潜入して、諜報部員オベルト・オットー・グレブナーに接触し聞き出すこと。タリーは、カール・ラデレヒトとしてイギリス情報部員に連行され、シェルブールの捕虜収容所へ、そしてルイジアナ州の収容所へと移送されます。自国の兵士もタリーのミッションを知ないという、決死の潜入行です。命の保証はありません。
制約が多いほど、謀略ものは盛り上がります。すんなりドイツ人捕虜に馴染むかに見えたのですが、グレブナーはタリーを容易に信用しません。そんな中、タリーは、ヘルムート・シュトラーレ軍曹の夜のお誘いを撥ねつけたために、命を狙われるはめになります。グレブナーの心を開き、そしてシュトラーレの嫌がらせを防ぐため、タリーはシュトラーレにフェンシングによる決闘を申し込むのでした。タリーのセコンドはグレブナー。シュトラーレの得意なフェンシングに、ド素人のタリーは勝てるのか・・・。このあたりは、ページを繰るスピードが加速する、前半の山場。予想通り、ここはアクシデントも手伝い、事なきを得つつグロブナーにぐっと近づく展開です。
タリーは、この時、収容所の近所に住む音楽教師エッタ・リチャードソンと知己になり、彼女の家へちょくちょく訪問するようになります。いささか信じがたい収容所のユルさですが、ここは目を瞑りましょう。こちらも、想定の範囲内でラブラブな状況に陥ります。やっぱりか・・・
グレブナーは、エッタを人質に、シュトラーレ、タリーらドイツ兵8人と収容所からの脱出を図ります。この時、タリーと本名の銘のあるライターを見られるのですが、誤魔化した挙句、レブナーに進呈するのです。このライターが、タリーを過去に導いたキーアイテムですね。
蒸気機関車を占拠し、脱出行を繰り広げるも、度重なるアクシデントで次々に死者を出すドイツ兵たち。タリー、エッタ、グレブナー、シュトラーレのぼろぼろの逃避行は続きます。しかし、タリーは、ちょっとしたヘマからシュトラーレに正体を見破られるのでした。ここから、一気にクライマックスです。タリーとシュトラーレの死闘、エッタを引き連れたグレブナーの逃走の末の爆発事故。一人生き残ったタリーは、捕らえられ・・・
そして、過去の記憶から現在に引き戻されたタリーは、スタピウスと向き合います。その正体は・・・。ここは、おっ!となりますね。しかしながら、出来過ぎ感が否めず、脱力してしまいました。SSG300が何であったのかも、期待が大きかっただけに肩透かし気味です。
タリーがピアノ演奏で締めくくるあたりは、あざとくもありながら、美しい余韻を残してくれます。終わり良ければ、全て良し・・・かな?