【本の感想】大下宇陀児『石の下の記録』

大下宇陀児『石の下の記録』

1951年 第4回 日本推理作家協会賞受賞作(旧探偵作家クラブ賞)。

大下宇陀児(おおしたうだる)は、戦後間もない頃、江戸川乱歩と並ぶ重鎮だったようですが、今や、すっかり作品を見かけなくなりました。

『石の下の記録』は、残念ながら、警察小説としても、ミステリとしても面白くありません。これといった謎ときがあるでなし、筋書きに惹きつけるものがあるでもなし。本筋とはあまり関係のない描写に頁が割かれていて、冗長さを感じてしまいます。登場人物の個性を際立たせるには、効果があるとは思うのですが。

不良少年 藤井有吉は、代議士の父 有太から、賄賂の金を盗すことで、父を窮地に陥れてしまいます。書生の友杉に、苦しい胸のうちを吐露する有吉。そのさなか、有太が自宅で、何ものかに惨殺されて・・・

解説の山村正夫は、”光クラブ”がモチーフでは、と想像しています。なるほど、当時としては、旬な題材だったのでしょう。

推理小説としてはピンとこないけれど、心理描写は見るべきところはあります。とくに頭脳明晰で、美男の学生高利貸 笠原昇が、自説を滔滔と展開する場面が印象的です。

古くて醜くて動かないということ、それがすでに許せないのだ。若くて生き生きしているものは、それだけで賛美するだけの価値がある ・・・ 若さや美しさはその過失を償うことができるのに反し、古くて醜いものこそは、ぜったいに償いがない・・・ 

うむむ。生意気なやつ!

笠原と友杉が緊張状態で対峙するシーン、有太へ妻貴美子が心の内を涙ながらに訴えるシーン、そして、笠原の執拗な誘いを貴美子が断固として拒絶するシーンと、随所に引きつけるものはあります。

それにしても、”石の下の記録”が、全編を通して何を表しているのか分かりません。真相が究明につながる証拠の発見場所を指しているのでしょうか。

ところで、”光クラブ”事件ってのは、戦後間もない頃、東大生の高利貸が悪いことをして、主犯 山崎晃嗣が服毒自殺した事件です。山崎晃嗣の手記が出版されていますが、小説としては、三島由紀夫『青の時代』や、高木彬光『白昼の死角』が、これをテーマにしています。