【本の感想】西澤保彦『悪魔を憐れむ』
西澤保彦『悪魔を憐れむ』は、四国の架空の地方都市を舞台に、匠千暁(タック)と仲間たち、高瀬千帆(タカチ)、辺見祐輔(ボアン)、羽迫由起子(ウサコ)が様々な事件を解決していくというシリーズものの最新短編集です。
シリーズ第一作『彼女が死んだ夜』で大学のニ回生だったタックは、本作品集では卒業しフリーター生活をしています。タカチ、ボアン先輩、ウサコもそれぞれ自分の道を歩み始めているのですが、酒飲み仲良しグループは健在なりです(もっとも、僕は第一作を読んだばかりですが)。
全四作品ともに本格もので、人の心の闇をほじくり出したような非常に重たい内容になっています。タックと仲間たちが推理合戦を繰り広げて事件を解決に導くわけですが、多少外し気味ではあるものの軽妙な会話の応酬が、事件の暗い真相をより際立たせていくのが特徴的です。
読み手に提示される謎は最高難度で、本線とは別の事件を安楽椅子探偵のごとく解き明かしたりと、読み応えがあります。
■無間呪縛
平塚刑事の自宅で発生する、心霊現象の解決を依頼されたタック。それは、ラップ音とともに置き時計が宙を舞うというものだ。幽霊が苦手なタックは、ウサコとともに、不可思議な現象が起きる部屋の調査を開始する…
ねじれにねじれた人の心のあやが事件の真相に関わっており、読み手に重くのしかかってくる作品です。一見無関係な出来事を事件解決のヒントする著者の匠の技が堪能できます。遠距離恋愛中のタカチから依頼された事件も並行して一刀両断、解決してみせますが、こちらも後味がよろしくありません。
結婚することとなるウサコと平塚刑事との出会いの事件です。
■悪魔を憐れむ
行きつけの居酒屋の店主から、恩師の自殺を止めるよう依頼されたタック。指定された日時にタックが見張りする最中、その恩師はどこがらともなく忽然と現れ自殺を遂げてしまう…
タイトル通り非人間的な所業のやつらが織りなす厭な話です。本作品はタックのパートナーはいませんが、事件の真の首謀者との対話で真相が明らかになっていく流れです。心理的な操作は読んでいて気持ちがよくありませんし、二転三転する最後の一言で、さらに暗澹たる思いにさせられます。
■意匠の切断
市内で発見された首と手が切り落とされた男女の死体。首と手はそれぞれ離れた場所にオブジェにように飾られていた。佐伯刑事は、タック、そして東京から帰省したタカチに事件解決に向けての協力を依頼する…
こちらは恋人同士のタックとタカチの推理合戦が楽しめる作品です。猟奇的な事件の真相は、思いもよらぬ方向へと展開していきます。現実離れし過ぎのきらいがありますが、タックとタカチの深いところで結びついた愛情がよくあらわれています。
■死は天秤にかけられて
タックが飲み屋で耳にした怒声。声の主はタックが以前ホテルのロビーから見かけた男だった。タックは一緒に飲んでいたボアン先輩と、その男をネタにその怒声の背景をあぶり出していく…
タックとボアンの推理ゲームです。多少強引さは否めませんが、様々な客観的な事象から事件として組み立てていく思考の冴えが見どころです。酩酊探偵の面目躍如というところでしょうか。
本作品で、留年を繰り返していたボアン先輩は、卒業し女子高の教師となることが決まりした。
本作品集の時代背景は1993年~1994年ですから、タックらの素敵な面々が今どうなっているか想像すると楽しくなります。
なお、シリーズ十作となる本作品を読む前には、少なくとも『彼女が死んだ夜』を読んでいた方が良いでしょう。過去の事件を振り返るシーンがちりばめられており、シリーズのファンにはたまらないのだろうと思うと、羨ましくなってしまいます。