【本の感想】イスマイル・カダレ『夢宮殿』

イスマイル・カダレ『夢宮殿』

アルバニアの名家キュビュリュリュ家の傍系にあたるマルク=アレムは、職を求めて、<タビル・サライ>、通称<夢宮殿>を訪問します。そこは、国民の夢を集め、国家の意思決定に供するための<親夢>を析出する、重要な政策機関でした ・・・

作者と作品は切り離して考えるべきという主張があります。

自分も基本的にこの考え方には賛成なのですが、バックグラウンドを全く知らない場合は、さらりと調べることにしています。特に海外の作品は、重要なテーマや寓意を見逃してしまう可能性があるから。

『夢宮殿』(Pallati i ëndrrave)(1981年)の著者イスマル・カダレ(Ismail Kadare)は、アルバニア出身の作家です。

本作品が書かれた当時のアルバニアは、厳重な鎖国政策をとった独裁政権国家。「未だに中世のような生活をしている国」と揶揄されていたようです。そして、本作品の舞台は、オスマントルコ帝国統治下の19世紀のアルバニア。自治権を求める民族運動から政治機関が結成された年近くにあたります。

<夢宮殿>の迷路の如く続く回廊、<親夢>係を頂点とした階層化された組織機能、黙々と仕事をつづける夥しい人々。人々の夢の中に埋没し、除々に現実が色褪せていく主人公マルク=アレムを通して、読者は、夢幻の世界に入りこんでいきます。<夢宮殿>の絵画的な描写に比べて、登場人物たちのほとんどは名前を持っておらず、彼らの外見を語る言葉は極端に少ないですね。主人公をノッペラボウが取り巻いているようです。読み進めるうちに、幻想的で不安定な世界観を強く印象づけられることになります。

幻想小説?

しかしながら、物語はこのまま終わりません。夢さえも政争の具とする現実へと移行していきます。人々が畏敬の念を抱く<夢宮殿>は、人々を恣意的に統制するための装置であったことに主人公は気づくのです。そして、主人公にとって<夢宮殿>そのものが彼の未来を予見させる悪夢の様相を呈してしまいます。

カダレが設定した架空の<夢宮殿>は、作者の心象風景ということになるのでしょう。独裁政権下にあって、民族運動が熱をおび始めた時代に思いを馳せているのかもしれません。

本作品は、全体主義への批判であるとともに、最貧国として蔑まれ孤立化した故国を嘆く、カダレからの近隣諸国への文学によるメッセージだったのだと思います。