【本の感想】ディドラ・S・ライケン『冷たい眼が見ている』

ディドラ・S・ライケン『冷たい眼が見ている』(原著)

1988年 エドガー賞 処女長編賞受賞作。

ディドラ・S・ライケン(Deidre Laiken)『冷たい眼が見ている』(Death Among Strangers)は、いわゆるサイコ・サスペンスです。

アメリカの田舎町ベイカーズヴィル。ここで、顔を潰された少女の死体が、墓堀人夫によって発見されます。ジョージ・マーフィ警部補は、”プリンセス・ドゥ”と名付けられた身元不明死体、そして彼女を殺した犯人の捜査を開始します。

本作品は、事件を追う警察官の姿を描いたストレートなサスペンスではありません。

離婚したことから完全に立ち直れないマーフィ。そんな未練たらたらなマーフィに寂しさを覚える恋人のソーシャル・ワーカー エリザベス・カーン。典型的な村社会で、大きな望みもなく埋没していく人々の姿が浮彫になります。

エリザベスの前に、突然現れたのは魅力的な写真家ゲリー・ロルフ。エリザベスはゲリーのむんむんするフェロモンに抗う事ができません。マーフィへの愛に揺れ動いているエリザベスは、ついにゲリーと・・・ この間は、まさに、あれよあれよ、です。

読者は早々にゲリーが、少女殺人事件の犯人であると気付きます。著者は、別の登場人物にミスリードを仕掛けていますが、これが脆くも失敗してしまうのです(引っかかる人いるのかな)。

猟奇的な殺人を犯した男に、それとは知らず体をゆるしてしまったエリザベス。一方、マーフィは、被害者の身元を探り当て、少しずつ真相に迫っていきます。ここで、エリザベスのよろめきが、サスペンスを盛り上げる・・・はずなのですが、どうも、よろめきそのものに焦点が当たってしまったようです。エリザベスの心理描写は女性作家ならではで、マーフィに同情心が湧いてしまいました。読み進めながら気持ちがざわめきます。

タイトルの”冷たい眼”とは何でしょう。どうしてこの邦題?は謎です。エリザベスを見つめる犯人の視線を表しているのでしょうか。犯人の突発的な暴力衝動を感じさせるシーンはチラホラと見られますが、そもそもの殺人に至る動機が曖昧なまま、ラストを迎えてしまいます。文学的と言われればその通りかもしれませんね。

決着はあっさりめですが、以降、何やら暗雲たちこめそうなマーフィとエリザベス。そこは描かれてはおらず、読者の想像にお任せします、というところでしょう。

(注)読了したのはミステリアス・プレス文庫の翻訳版『冷たい眼が見ている』で、 書影は原著のものを載せています 。