【本の感想】橋爪大三郎『はじめての構造主義』

本の感想 橋爪大三郎『はじめての構造主義』

自分が大学生の頃、浅田彰『構造と力』、『逃走論』というとても難解な本が流行りました。当時、構造主義が分からんのに、ポスト構造主義なんて、読み通すのは拷問に違いないと、知らん振りを決め込んでいました。

あれから、30有余年、大人極まった自分は、悔いを残してはいけないと、橋爪大三郎『はじめての構造主義』を手に取ってみました(いきなりポスト構造主義にいかないところが、自信の無さの表れ)。

著者のはしがきには、本書は、「はじめての」と銘打っている事から、ちょっと進んだ高校生、いや、かなりおませな中学生を対象としているとあります。なるほど、構造主義を自身の口で語れるかは疑問ですが、凡そこういうものだ、という理解までには到達するでしょう。

第一章 「構造主義」とはなにか、で構造主義のアウトラインは分かります。歴史認識として資本主義社会の崩壊を説いたマルクス主義が行き詰まり、それを補完すべく誕生したのがサルトルの実存主義。これに真っ向から対立したのがフランスの人類学者 レヴィ=ストロースの構造主義と著者は解説します。構造主義とは、

西欧を中心としてものをみるのをやめ、近代ヨーロッパ文明を人類文化全体の拡がりのなかに謙虚に位置づけなおそう、という試みだ。

と述べています。著者は、人間社会の自覚できない無意識の不変な「構造」という温かみのない思想から、より踏み込んだ解釈をしています。本書を通して、構造主義が、人間主義(ヒューマニズム)の究極のかたちであると主張するのです。

構造主義は比較方法論より出発したがゆえに、十九世紀以降の思想から外に出ることができたと著者は述べます。

構造主義は、西欧近代の腹のなかから生まれながら、西欧近代を喰い破る、相対化の思想である。

なるほど、西欧近代の特権を是とすることに反して、人間の営みを広範囲に捉え、そこに人間的な文化のしるしを見つけ出そうという試みは、思想界に大きな変革をもたらしたのだろうと想像ができます。

第二章 レヴィ=ストロース:構造主義の旗揚げ!は、構造主義の生みの親とされる、レヴィ=ストロースの歩みを辿り、アイディアに到達するまでを追っています。

言語学者ソシュールの言語思想からひらめきを得たレヴィ=ストロース。ブラジルのフィールドワークに応用し、そこに構造を見出していきます。この章は、話題が拡散し、内容も深く、一読で理解は難しくはありました。ヤーコブソンの思想、機能主義人類学に対する構造主義人類学、 レヴィ=ストロースの神話研究まで広がるので、精読しないと道に迷ってしまいます。

第三章 構造主義のルーツは、タイトル通り思想の源泉をソシュール以前まで遡って探っていきます。著者は、このルーツを近世初頭の「遠近法」とし、構造主義と遠近法をつなぐものが数学であると主張します。ここで面白いのは、西欧の知のシステムが唯一の真理を目指していたのに対し、構造主義は、真理を制度として時代や文化によって別のものになるとしている点です。ものの見方が180度変わってしまいますね。

公理を自明のものと考えれば、証明や論証の結果は”真理”にみえる。しかし、そうみえるのは、ある知のシステムに閉じ込められているくせに、そのことに気付かず、それを当たり前と思っているからじゃないか。

構造主義から遠近法まで、一本筋道を立てる著者の理論は、なかなかにエキサイティングです。数学的な考えが多分に入り込むのですが、難しい箇所はそういうものだと割り切って読み進めると、著者の述べたいことは概ね理解できるでしょう。

レヴィ=ストロースは、主体の思考(ひとりひとりが責任をもつ、理性的で自覚的な思考)の手の届かない彼方に、それを包む、集合的な思考(大勢の人びとをとらえる無自覚な思考)の領域が存在することを示した。それが神話である。神話は、一定の秩序-個々の神話の間の返還関係にともなう<構造>-をもっている。

神話学が構造主義の表看板であったと述べる著者。神話学の成功が、人間を主体と見る考え方に打撃を与えるというのも、また、面白い発想です。

第四章 構造主義に関わる人びと:ブックガイド風は、構造主義者たちの人物と本の読みどころを紹介しています。登場するのは、ミッシェル・フーコー、ルイ・アルチュセール、ロラン・バルト、ジャック・ラカン、ジュリア・クリステヴァ、ジャック・デリダらです。

第五章 結びは、ポスト構造主義に対する意見、そして日本の自前のモダニズムの重要性を提案しています。

日本に育った市民階級が、自分たちの社会と文化のあり方を自覚し、理解し、世界中の多くの人びとと共有できる形式に改め、洗練すること。そしてそれを、ひとつの思想に高めること。しかもそれに安住することなく、世界中のさまざまな思想と、対話をくりかえしていくこと。こういう努力が、日本の自前のモダニズム(制度と責任の思想)のはずである。そのためにも、構造主義-自文化を相対化し、異文化を深く理解する方法論-はきっと大いに役立ってくれるにちがいない。

この提案の言わんとするところに反応ができれば、本書の骨子は理解したと判断して良いでしょう。

さて、ポスト構造主義を知るのは、 ・・・ 老後の楽しみに取っておこう。