【本の感想】ウィリアム・H・ハラハン『亡命詩人、雨に消ゆ』

ウィリアム・H・ハラハン『亡命詩人、雨に消ゆ』

1978年 エドガー賞長編賞受賞作。

ウィリアム・H・ハラハン(William H. Hallahan)『亡命詩人、雨に消ゆ』(Catch Me Kill Me)は、ソ連からの亡命者をめぐるエスピオナージです。

ソ連から亡命した詩人 ボリス・コトリコフが、ニューヨークの路上、白昼堂々と複数の男たちに誘拐されました。 コトリコフ、そして彼を連れ去った男たちの行方は、杳として知れません。色めきたつ合衆国政府機関。しかし、アメリカの市民権を持たない<暫定移住者>であるコトリコフは、誘拐事件の捜査対象とはなり得ません。

合衆国司法省移民帰化局の法律顧問ベン・リアリィは、事務的に事を進めようとコトリコフの家族と面会をします。 ところが、悲しみにうちひしがれている家族の様子を見て、堪り兼ねず、独断で捜査することを約束してしまうのでした。ソ連のエージェントによる犯行を確信するリアリィ。亡命から二年、何故、政治的活動とは無縁の詩人 コトリコフを拉致したのか、疑問が付きまといます。

コトリコフの行方を追うのは、リアリィだけではありません。CIAのガス・ゲラーからの依頼を受けた、彼の元部下ブルーワーが、コトリコフ奪還に乗り出します。ブルーワーは、自身の不始末を挽回するという、個人的理由に突き動かされているのです。コトリコフが何故、誘拐されたのかは、関係がありません。

本作品は、リアリィ、ブルーワー、と、異なる思惑を持つ二人の視点が切り替わって物語が進みます。

ゲラーから、コトリコフの探索を止めるよう、命の危機を感じるほどの脅迫を受けるリアリィ。これが、リアリィの不屈の闘志に火をつけます。

出だしから、暴力的とも言える誘拐事件が発生し、期待が膨らむ本作品。リアリィとブルーワー、それぞれのコトリコフ探索行に、しばらくお付き合いすることになります。コトリコフ誘拐の真相をも突き止めようするリアリィ。奪還のためにあらゆる手段を駆使するブルーワー。さぁ、二つの話は、どう結びついていくのか、ワクワクです。

ブルーワーは、偽の身分を創り上げ、誘拐の主犯を突き止めていくのですが、ビリヤードに興じたり、隣家の女房といちゃついたりと、途中、読者は、大いに振り回されます。本作品は、冗長なシーンが、とても多いのです。ついにコトリコフの居場所を突き止めたブルーワーは、元サーカス団員の力を借りて、アクロバティックな奪還作戦を繰り広げます(ここに行くまでのすったもんだも冗長!)。命を賭けた脱出劇が、クライマックスですね。全体とのバランスを欠くぼどの念の入ったシーンですが、病身の詩人=文科系の人間にこんなことさせる?という疑問が湧き起こります。

一方、リアリィは、コトリコフの送金履歴を追って、一路ローマへ。そこで、ユダヤ人の秘密組織、そしてある人物に辿り着くことになるのです。ここにきて、リアリィは、何故コトリコフが誘拐されなければならなかったのか、そして、何故CIAが関与するのか、といった真相を究明し ・・・ ん・・・ブルーワーの話の流れと一緒にならない・・・

二つの話が一つに収斂する爽快感を期待しつつ、残りのページ数の少ないのにハラハラした挙句、これで終わりかい!と、非常に残念な思いをしてしまいました。それぞれの話は、つまらなくはないのだけれど、ジェットコースターになりきれず、そして、スカっと感が小さいという、地味な作品です。

エドガー賞ねぇ ・・・ また嘆息してしまったよ。

(注)読了したのはハヤカワ文庫NVの翻訳版『亡命詩人、雨に消ゆ』で、 書影は原著のものを載せています 。