【本の感想】シャーロット・ジェイ『死の月』

シャーロット・ジェイ『死の月』

1954年 エドガー賞受賞作。

シャーロット・ジェイ(Charlotte Jay)『死の月』(Beat Not the Bones)は、記念すべき第一回のエドガー賞受賞作です。

著者は、オーストラリア出身の作家で、本作品の舞台となっているニューギニアにも居住していたそうです。 アメリカ本国以外が第一回の受賞とは、懐が広いですね。

本作品の時代背景は終戦後であり、戦争の傷跡を作中に垣間見ることができます。現地の風俗や、入植者と原住民の関係性など、歴史的な面で興味を惹かれます。ただ、翻訳が古いせいもあって、現在では差別にあたるワードが頻出し、読み進めながら辟易としてしまいました。我ながら、随分過敏になったものです。

本作品は、夫が自殺した真の理由を探ろうと奮闘する妻の物語です。

二キューギニアはマパライ島に単身赴任中の文化普及部長で、人類学者デーヴィッド・ウォーウィックが自殺しました。夫に全てを委ねていた妻エマは、その報に触れ途方に暮れます。さらに、病床の父もまた衝撃を受け、謎の言葉を残して他界してしまうのでした。エマは、夫が命を絶ったマパライ島へと、ひとり調査に旅立ちます。

デーヴィッドは、悪徳商人アルフレッド・ジァウヴを、原住民から金貨を搾取したかどで糾弾していました。エマは、現地に到着すると、上司のトレヴァー・ナイオールへ、ジァウヴによる謀殺説を訴えます。一顧だにしないトレヴァー。エマは孤立無援に陥り、デーヴィッドが自死したエオラへ向かうことを決意するのでした。

本作品では、原住民は無知蒙昧な人種として描かれており、そこに文明を持ち込み指導をする白人という、従属関係が成り立っています。上から目線がぷんぷん感じられるのですが、ここは翻訳ゆえなのか、著者の姿勢なのかは判然としません。可哀想な未開の人々、でも私は酷いことは口には出しませんよ、というのをエマの態度で表現している印象です。

さて、夫に頼りっきりだったエマですが、すっかり信念の人へと変貌していきます。トレヴァーの妻で夫に支配され老婆のように見えるジャネット、そして、フィリップに翻弄される愛人シルヴィアを登場させ、エマと対比するあたりは巧いですね。ウォーウィックの弟アンソニイによろめいたり、エオラまでの同行をデーヴィッドの部下フィリップ・ワシントンをねじ込んだりと、慇懃無礼ともとれる姿勢で邁進します。

4日の行程で、エマ、フィリップ、そして数人の原住民の一行は、エオラに向かいます。文明から、呪術がまかり通る世界へ。同行者が脱落し、そしてフィリップまでも・・・ エマが辿り着いた真実とは果たして・・・ と、クライマックスを迎えます。

ラストは、概ね想像がつきます。皮肉な結末は、落とし所としてはアリでしょう。誰もが人間的な弱さを秘めているというのが本作品のポイント。中でも、フィリップの壊れっぷりは秀逸です。

本作品は、ミステリとしてというより、エマの自立と近代化に向かう未開の人々が二重写しになった、文芸よりの仕上がりとなっています。

(注)読了したのはHayakawa Pocket Mysteryの翻訳版『死の月』で、 書影は原著のものを載せています 。