【本の感想】フィリップ・K・ディック『ヴァリス』

フィリップ・K・ディック『ヴァリス』

一度、読み始めた本は、何があっても最後まで。

といきたいところですが、いくつか途中で挫折したものがあります。挫折は聞こえが悪いので、中断としておきましょうか。

フィリップ・K・ディック(Philip K Dick)『ヴァリス』(VALIS)(1981年)は、中断本です。

読み始めたのが創元推理文庫で刊行された当時の1990年だから、相当の時を経てしまいました。誤って捨ててしまったので、買い直して、なお積んで置いた本です。この度、時間をかけてようやく読了とあいなりました。

女友達の自殺をきっかけに、狂気へまっしぐらとなったホースラヴァー・ファット=ディック。彼が、ピンク色の光線の照射によって、神からの啓示を受け、秘密教義を著していく過程がつづられていきます。

あらすじを紹介することすら困難な、ディックの精神世界が開陳された作品です。神学、哲学、心理学、歴史学、神話が、ごだまぜになって、捻り出された教義は、難解この上ありません。ディックの博覧強記ぶりに、圧倒されるのみです。

訳者である大瀧啓裕のAdversariaを読むと(理解しているわけではありません)、ますます自分の知識の貧しさを思い知らされます。

一読しただけでは、撫でさすったぐらいでしかないでしょう。言わんとするところの上澄みをペロっと舐めただけです。かといって、熟読し、ディックの精神世界にのめり込むのも恐ろしい。何せ、宇宙の創世まで解き明かしてしまう勢いなのですから(巻末の秘密経典書を見よ!)。

ファットは、二つの異なった時代に生きる自分自身を幻視し、遂に、その神秘体験と符号する映画『ヴァリス』に出会います・・・

あらすじなど、語っても意味はないのでしょう。ディックの精神の旅を眺めていくだけ精一杯です。本作品は、全てを理解しようとすると、苦痛でしかありません。自分の経験と重なり合うような、わずかな部分を感じ取るだけでよいのかもしれませんね。少なくとも、自分は、ディックの諸作品に見られる現実の崩壊感の根源に、触れたような気がします。

とりあえず、達成感だけは味わいました。そして、今更、三部作であることに気づいて、ビビッてもいるのです。