【本の感想】志水辰夫『背いて故郷』

 志水辰夫『背いて故郷』

1985年 第4回 日本冒険小説協会大賞受賞作。
1986年 第39回 日本推理作家協会賞受賞作。
1986年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第7位。

自分は、志水辰夫『背いて故郷』が、シミタツ作品の初体験です。いわゆるシミタツ節なるものには、本作品で初めて触れました。なるほど、叙情的な作風で知られる著者だけに、登場人物たちの心情が、とても精緻に描写されています。凍てつく北国の風景などは、思わずブルっとくるぐらいに臨場感たっぷりです。

第六協洋丸の元船長 柏木は、親友 成瀬の殺害事件に責任を感じていました。柏木は、スパイ船の任務に嫌気がさして、成瀬に後任を引き受けてもらっていたのです。けじめをつけるため、柏木は、成瀬の死の真相を探ろうとします・・・

本作品のストーリーは、中盤まで間延びした展開です。柏木と、成瀬の妹 早紀子、成瀬の妻 優子との関係を、殊更じっくり描いているからでしょう。甘ったるくなる一歩手前でとどまってはいるものの、ハードボイルドや冒険小説としての怒涛の展開を期待していると、多少退屈することになります。もっとも、ここが、後からビシっと効いてくるので、我慢のしどころです。

後半、舞台を北海道に移してからは、緊張感が俄然、高くなっていきます。そこいらのハードボイルドとは違って、柏木は、肉体的にも精神的にも、それほど強くはありません。追い詰められ、いたぶられ、命からがらの柏木の脱出行が展開されます。仲間を売った卑怯な自分自身に嫌気感を覚えるあたり、親近感すら感じてしまいました。死を決意した決戦前夜、柏木が早紀子にドロドロとした心の内を吐露する場面は、感情移入のピークです。胸がアツくなるほどの盛り上がりを見せてくれます。

本作品は、あざといセリフ回し、ストイックな生き方、必然性のない暴力沙汰が皆無です。ここだけ見ても、日本版ハードボイルドとしては、珍しいのかもしれませんね。

このまま叙情的に終わるのかと思いきや、ラストに待っていたのは、Finishing Stroke(最後の一撃)!油断していただけに、あっ!と言ってしまいます。しかも2度!ここは、シミタツ節に気を取られていた自分にとっては、嬉しい誤算でした。

本作品に難があるとすると、タイトルでしょう。著者の他の作品も同様ですが、この昭和過ぎるネーミングは、手に取ることを躊躇させるに十分です・・・。少なくとも、自分の趣味ではないんだよなぁ。