【本の感想】絲山秋子『沖で待つ』

絲山秋子『沖で待つ』

2005年 第134回 芥川賞受賞作。

思春期といわれる頃、エロ本の隠し場所に知恵を絞りました。目につかず、そして、取り出すのに手間がかからない所・・・。人に言えない秘密の花園。しかし、母親の勘というのは侮りがたく、バレバレだったように思います。

絲山秋子『沖で待つ』は、 入社からの同期 男女二人の一風変わった友情物語です。

及川は、突然訪ねてきた同僚の牧原太(太っちゃん)に驚いてしまいます。なぜなら、太っちゃんは、三ヶ月前に死んでいたのです。及川は、生前の太っちゃんとの約束を守ることにします・・・

結婚して幸せな家庭を築いた太っちゃん。再会した幽霊(?)の太っちゃんとの想い出がほのぼのとつづられていきます。

どちらかが先に死んだら、後に残ったものがパソコンのハードディスクを壊す という約束をしていた二人。ふむふむ、人に言えない秘密はパソコンの中か。自分は、思春期の頃のようなエロ本は持っていませんが、誰れにも見せたくないものはこの歳になってもあるのです。分かるぅ。

苦労して約束を果たす及川。ところが、及川は、太っちゃんの嫁さんから一冊の大学ノートを見せられて、ちょっとショックを受けるのでした・・・

大学ノートに書かれていたのは、「沖で待つ」という一文。その意味自体は何だか判然としませんが、太っちゃんの心根が表れているような響きです。生前の太っちゃんのエピソードが、ぎゅっと凝縮されているとでも言いましょうか。著者は、故人その人について感傷を口にすることなく、温かい気持ちにさせてくれます。この話の運び方は、絶妙ですね。

単行本に収録の『勤労感謝の日』は、何ともトンがっている女性が主役です。著者の、不快ヤツギリギリのところで笑いに転換できるワザが堪能できます。自分は、『沖で待つ』よりこちらの方が好みです。

さて、一度、息子たちにエロ本の隠し場所について話をしたことがあります。そういうアメリカンなお父さんを演じたかったのですが、「スマホがあればいいじゃん!」とのこと。おっしゃる通り。