【本の感想】ビル・S・バリンジャー『赤毛の男の妻』

ビル・S・バリンジャー『赤毛の男の妻』

ビル・S・バリンジャー (Bill.S.Ballinger)『 赤毛の男の妻 』(The Wife of the Red-Haired Man)(1957年)は、殺人を犯した男女の逃避行と、彼らを追う刑事の行動を軸にしたミステリです。

脱獄囚ヒュウ・ローハンは、生き別れになった妻マーセデスが結婚していることを知ります。マーセデスは、ヒュウが戦時中に死亡したと思っていたのです。逃亡中のヒュウがマーセデスを訪ねたとき、現在の夫アルバート・ターナーとの間に悶着が発生し、ヒュウはアルバートを射殺してしまいます。ヒュウへの愛を失っていなかったマーセデスは、ヒュウとの逃避行を決意して ・・・

本作品は、ヒュウとマーセデス、そして彼らを追跡するニューヨークの刑事(作中では”ぼく”)の行動を軸として展開します。章毎に、追うもの=刑事と、追われるも=ヒュウとマーセデスの視点がスイッチする構成です。沈着冷静に逃亡の計画を主導するマーセデスと、除々に精神状態が不安定となるヒュウを三人称で、彼らの行動を推理し、追跡を続ける刑事を一人称で語っていきます。

最初、ちょっと違和感を感じたのだけれど、これが実に練りに練っていることに気づきます。ストーリーが進むにしたがって、重荷になっていくヒュウと、それでも愛をつらぬき、有能さを発揮していくマーセデス。淡々と語られるほどに、二人の切迫感が強い印象を残すことになるのです。

捜査の過程で、ヒュウにシンパシーを感じ、二人の関係性を洞察する刑事。読者はマーセデスの繰りだす打ち手を知っているだけに、刑事がどのようにそれを看破していくか興味をそそられるでしょう。

刑事と、刑事の存在を心の中で感じつづけていたヒュウが交差するとき、クライマックスがおとずれます。

決着のつけ方は、これ以外ないはないと思うのですが、この作品の味わい深さを高めているのは、なんといっても最後の2行。ここにきて、作品が意図するところ、つまり、ヒュウがなぜ赤毛の男でならなければいけないのかがわかります。刑事の心情や、行動を振り返るにつけ、読者は余韻にひたりながら本書を閉じることになるのです。

ビル・S・バリンジャーは、自分としてはアタリ、ハズレの差が大きい作家です。本作品は、アタリの方ですね。