【本の感想】星新一『妄想銀行』

本の感想 星新一『妄想銀行』

1968年 第21回 日本推理作家協会賞受賞作。

生涯に1001編を超える短編をものした星新一。誰もが作品を一度は手にしたことのある(はずの)大作家でありながら、文学賞とはほとんど縁がなかったようです。日本推理作家協会賞も「『妄想銀行』およびその他の業績」としての受賞だから、著者のキャリアからするとお待たせ感が強いですね。

自分が著者の本を読んでいたのが中学生の頃。大人になってから手に取らなくなったのは、自分の中ではジュブナイルに位置づけていたからだと思います。これは世の中一般的な評価なんじゃないでしょうか。

今あらためて『妄想銀行』を読むと、どの年代でも、どこの国でも楽しめるような作品に仕立て上げた、著者の普遍性への指向を感じます。喜怒哀楽といった情緒を削ぎ落とし、一歩引いたところから淡々と紡ぎだされる作品。作中の人物や出来事に没入できないだけに、かえって作品に込められたメッセージが強く心に刻みこまれます。これが著者のきっちりと計算されたテクニックなのだと思います。

著者は、作品が新たに出版されるたびに時代にそぐわない表現を改訂されていたとのことです。だから、いつ読んでもいささかも古びた感じがしません。著者の普遍性へのこだわりをものがたるエピソードです。

本作品集には、10頁前後のショートショートが32編収録されてます。どれも素晴らしい作品だが、自分があえてベスト5をつけるなら次のようになるでしょうか。

■美味の秘密
会社を経営する美食家のエヌ氏は、社員に案内された地味で小さな店で、絶品の料理を口にします。調理の秘密を知りたいエヌ氏。料理人は、妖精の宿ったマスコットが、料理を作らせるのだと告白します。エヌ氏は、料理人へ大金を払って、マスコットを手に入れることに成功するのですが ・・・

究極の料理をつくることができるようになったエヌ氏が、かわりに失ってしまった取り返しのつかないものとは何か。オチには絶妙なスパイスが効いています。

■海のハーブ
恋人と喧嘩し、海辺へやってきた亜希子。そこで亜希子はハーブを拾います。亜希子がハーブを奏でると、周りの男たちは愛を囁きはじめるようになります。さまざまなものを捧げられ、幸福にひたる亜希子。亜希子はかつての恋人を思いだし、彼にハーブを聞かせることにしたのですが ・・・

アンハッピーエンドが多い著者にしては珍しく、寓話集にありそうなハートウォーミングな作品です。

■鍵
いつも何かを望みつづけている男は、ある夜、どことなく神秘的な鍵を拾いました。男はその日から、鍵に合う存在を求め始めます。限りない回数の試みと、限りない回数の失敗。年月が流れ男は歳をとっていきます。そして、ひとつの案を思いつくのです。 ・・・

人生の意義について考えされられます、高評価にたがわない逸品。長く記憶に残ることでしょう。

■古風な愛
若く美しい昭子は列車の中で出会った俳優と恋におちます。結婚を誓う二人は、会社社長の昭子の父親に許し請いますが、俳優という職業に難色を示し許してくれません。思いつめた二人は死を決意し薬を手に ・・・

せつない愛のかたちをうたいあげたていて、最後のページで思わず胸がアツくなってしまいました。本書で自分が一番好きな作品です。

■妄想銀行
エフ博士が長年の研究を実らせて経営するに至った妄想銀行。そこは人々の妄想を預かり、カプセルにして、有料で必要な人に提供する銀行です。ある日、エフ博士に異常な愛情を寄せる女性から、妄想を取り除きカプセルをつります。エフ博士はそのカプセルを、エフ博士の想い人に服用させることに成功するのですが ・・・

ブラックで気のきいたオチが際立っています。本書の締めくくりとしてピッタリなタイトル作品です。

石川喬司の解説を読むと、著者は日本推理作家協会賞受賞の際、高校生のファンから次のようなメッセージを受け取ったそうです。

ご受賞おめでとうございます。『妄想銀行』は読みましたが、『その他の業績』という作品はまだです。きっとすばらしい作品でしょう。早く読みたいです。

著者のジョークだったかもしれない、とのことですが、不当に低い評価を揶揄する気持ちがあったようにも思えるなぁ。