【本の感想】森敦『月山 ・ 鳥海山』

森敦『月山・鳥海山』

1973年 第70回 芥川賞受賞作。

森敦『月山』(がっさん)は、著者62歳の作品で、2012年 黒田夏子『abさんご』が受賞するまで、史上最年長の芥川賞受賞者でした。

本作品は、著者の、放浪の旅を続けてきた日々の結晶ともいうべき作品です。一人の青年が、月山の麓の荒れ寺に寄寓した、一冬の物語となっています。月山は、山形県の中央に位置する、出羽三山の一つで山岳信仰の場です。ここで主人公は何を思うのか、は語られず、この地方の厳かな風景が、ただただ、描写されます。

主人公が身を寄せた寺は、往時の賑やかさは今や昔、参詣人が殆ど訪れません。雪が積ってバスが止まれば、世間とは隔絶されてしまいます。寺男のじいさましかいない廃寺の様なここで、主人公は一冬を越そうと決めます。このあたりの心の動きは、伺い知ることができません。寺男との会話の中からも、何も浮かび上がらないのです。

村人たちとの酒盛りで、剥き出しの敵意に疎外感を覚える主人公。霊験あらたかなこの地方へ混入した世俗の異物は・・・ ・・・というレイ事ではありません。村人たちは、税務署の目を掻い潜りながらの密造酒造りや、身上を潰すほどのめり込む博打、即身仏のでっち上げを匂わせます。

死者の赴く山「月山」。本来、俗から切り離さるべき場所で、俗に塗れた営みが行われています。主人公は、ここでも自身の感慨を述べることはありません。

主人公は、激しく雪が舞い込む寝屋で、祈禱簿の和紙で蚊帳を作り、繭の中のように眠ります。 凍てつく幽玄の世界を謳い上げるほどに、対比されていく俗。 主人公の繭の中での眠りは、俗から身を守っているようにも見受けられます。 主人公の内面を文章でさらけ出さず、外からの描写のみで垣間見させるという、まさに純文学です。

主人公は、雪解けとともに迎えにきた友人と寺を後にします。結局のところ、物語の盛り上がりとなるような出来事は、何も起こりません。しかしながら、読み終えた後は、作品から滲み出てくる幽玄の空気感からでしょうか、畏怖に近い感情を持ちました。

本作品は、会話が方言なので、読みづらさがあるのは否めません。しかしながら、これゆえに、忘れ難いシーンが生み出されているのだろうと思います。

本作品集には、『月山』の姉妹編で、寺からの散策の道すがら出会った村人とのひと時を描いた『天沼』、短編集『鳥海山』が収録されています。『鳥海山』の諸作品は、日常が主体となって描かれているので、『月山』に漂う厳めしさは見られません。著者の作品は、経験に負うところが多いのでしょうね。卑近なテーマであると、とても退屈さを感じます。

本作品が原作の、1979年公開 河原崎次郎 主演(渋い人を主役に据えてます)『月山』はこちら。原作は、時代をあまり感じさせませんが、映像の方は、はっきりくっきり昭和です。ストーリーは、原作と似て非なるものですね。

1979年公開 河原崎次郎 主演『月山』