【本の感想】雫井脩介『望み』

雫井脩介『望み』

2016年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第9位

雫井脩介『望み』は、親として究極の二者択一を迫られる物語です。

建築家 石川一登 一家は、妻 貴代美、高校生の長男 規士、中学生の長女 雅の四人家族。一登は、最近とんがり始めた規士を持て余し気味です。 多感な子供を抱える親としては、些細ないざこざは致し方なし、というよくある風景ですね。

規士が家を留守にするようになったある日、規士の親友 倉橋与志彦の他殺死体が発見されます。そのまま行方不明となった規士。疑惑の目が規士 向けられるなか、規士もまた被害者なのではないか、という懸念がうまれます 。

はたして、規士は殺人事件の加害者か?それとも被害者なのか?

規士が生きていれば加害者であることを、そして、規士が被害者であれば死んでいることを意味します。この二者択一に、一登と貴代美 の心は千々に乱れるのです。罪を犯して欲しくないと思う一登。生きていてくれることだけを願う貴代美。加害者であれば家族の未来を閉ざしてしまうことを予見しながらも、一登と貴代美は、父として、そして母として、別々の望みを持つようになります。

本作品は、もし我が子であったなら、という問いを突き付けてきます。どちらの結果であっても不幸しか訪れません。この状況下にあって、団結しなければならない家族。しかし、それぞれの思いの強さで、ともすれば、絆は容易く千切れることになるでしょう。

被害者の家族、加害者の家族、そのどちらか一方を描いた作品は世に出ています(例えば、被害者家族視点は薬丸岳『悪党』、加害者家族視点は佐藤浩市主演 映画『誰も守ってくれない』など)。しかしながら、そのどちらでもあり得る状況から、家族の苦悩を著した作品は読んだことがありません。この緊張感を孕んだミステリとしての面白さは、著者の目のつけどころが優れていたということです。

本作品を読むと、丹念に描かれた登場人物たちの心の動きに、胸をつかれてしまいます。いつの間にかすれ違ってしまった親子の、いずれ分かり合えていたはずの思いが、辛くのしかかってくるのです。

名作ですね。

本作品が原作の、2020年 公開 堤真一、石田ゆり子 出演 映画『望み』の予告はこちら。