【本の感想】瀬名秀明 、 太田成男『ミトコンドリアのちから』

瀬名秀明 、 太田成男『ミトコンドリアのちから』

アンチエイジングが気になるお年頃になってきました。

情報番組のアンチエイジング特集で、たまに取り上げられるミトコンドリア。こいつを、しこたま増やすといいらしいですね。腹を減らして運動すると増殖していくそうです。

ところでミトコンドリアって何なのさ。高校の生物以来、生化学は長らくご無沙汰です。緑色のジェリービーンズで、輪切りにするとひだひだのイメージがあります。これが体内を動き回っていると思うとなんだか気色が悪い。

WikiPediaを参照してみましょう。

ミトコンドリア(mitochondrion pl. mitochondria)は真核生物の細胞小器官である。二重の生体膜からなり、独自のDNA(ミトコンドリアDNA=mtDNA)を持ち、分裂、増殖する。mtDNAはATP合成以外の生命現象にも関与する。酸素呼吸(好気呼吸)の場として知られている。また、細胞のアポトーシスにおいても重要な役割を担っている。ミトコンドリアDNAとその遺伝子産物は一部が細胞表面にも局在し突然変異は自然免疫系が特異的に排除する。ヤヌスグリーンによって青緑色に染色される。

出展:WikiPedia

さっぱり分からない。

ということで、瀬名秀明、太田成男『ミトコンドリアのちから』を手に取ってみました。本書は、2000年に出版された『ミトコンドリアといきる』を、2007年に最新の知見を加えて再構成したものです。タイトルからは、中高生向け生化学読本のように見受けられるけれど、ミトコンドリアの構造とメカニズムから、科学者列伝、老化、ミトコンドリア病、人類の起源、生命進化までを敷衍するなかなかハードな内容になっています。

ミトコンドリアは、酸素を利用してエネルギーを生産する工場、つまり細胞内のエネルギープラントです。脂質、糖質、タンパク質の代謝中間体が、ミトコンドリアのさらなる代謝によって、酸素と反応しエネルギー源となります。多少ややこしいのですが、このエネルギー代謝のメカニズムを理解すると、本書が読みやすくなります。例えば、メタボリックシンドロームを、ミトコンドリアのエネルギー代謝の観点から見るとどうなるか。メタボの解消には、無酸素運動と有酸素運動の組み合わせが重要だといわれるけれど、これには細胞レベルで科学的な根拠があることがわかります。

酸素は生物にとって危険な存在だったと著者らは説きます。エネルギーをつくりつづけると、タンパク質や脂質を酸化させる活性酸素に変化してしまうからです。活性酸素を無毒化する酵素をもっている生物だけが、大気と触れる場所に棲めます。しかし、活性酸素はなくせば良いというわけでないようです。酸化力の強い刺激で細胞を元気にしたり、がんにならないようにしているからです。自分は、活性酸素を生物にとって不要な存在と決めつけていましたが、必要悪ということになるのでしょう。

本書を読むと、ミトコンドリアが生体内の様々な機能と協調し、絶妙なバランスを取りなが活動していることがわかります。

ミトコンドリアは、太古の細胞内に入り込んで共生した別の生物のようです。ミトコンドリアはDNAを持っていますが、多くを細胞核のDNAに預けています。エラーによるミトコンドリアの変異を防ぐ、ぎりぎりの選択ということになるのでしょう。ミトコンドリアDNAの変異は、アポトーシス(細胞の能動的な死)を阻害してしまう場合があります。そうすると、がんになりやすく、抗がん剤が効かないといいます。生き残るためには戦略が必要なのです。

ミトコンドリアは母系遺伝。精子の鞭毛の運動が活性酸素を発生させてしまうから、損傷を受けた精子のミトコンドリアを除去するメカニズムが働くといいます。ミトコンドリアが、このような複雑で精密な挙動をするがゆえに、遺伝子病であるミトコンドリア病の治療は困難をきわめるのだそうです。

ミトコンドリアの色や形状を含め、そのメカニズムは、自分の高校生の頃の理解と違います。本書は驚異の世界の扉を開いてくれますが、同時に、科学者たちのたゆまぬ努力に頭が下がる思いをします。本書がさらに改訂されたとき、そこにはどんな真実が明らかになっているでしょうか。

さて、アンチエイジングです。

今わかっている範囲でできるとすると、活性酸素による遺伝子の損傷を少なくするよう、エネルギーの摂取を抑えるしかなさそうです。腹六分目が良いらしいのですが、本書にあるとおり、これで長寿まっとうする意味があるか疑問ではあるなぁ。