【本の感想】ダフネ・デュ・モーリア『人形』

ダフネ・デュ・モーリア『人形』

ダフネ・デュ・モーリア (Daphne Dumaurier)『人形』(Doll)は14編からなる短編集です。

解説によると、本作品集ほ、デビュー以前、デュ・モーリア21歳の頃に書かれた「人形」を含む初期の作品が収められているとのこと。

全作品ともに、明るい未来をスカっと裏切るバットエンディング(サッドエンディングか)で、デュ・モーリアらしさは見られます。どちらかと言うと、20歳そこそこから暗澹たる作品を書きつづっている、その人となりに興味を覚えます。人の心の捻じれた闇の部分や、エロッチックな感情を、第三者的に擦っているような焦れったさが気に入りました。

翻訳もすばらしく(もちろん原文は読んでいないのですが)、作品世界と調和が保たれています(のだろうと思います)。

きみはすべての男に破滅をもたらす。輝きはするが、自らを燃やすことのない火花。他の炎を煽る炎。
 僕はきみのなかの何を愛しただろう?きみの無関心と、その無関心の表面下で誘いかけるもの以外の何を?

14編のうち、著名な神父の俗物さを描いた「いざ、父なる神に」、「天使ら、大天使とともに」と、堕ちていく女性の独白「ピカデリー」「メイジー」はそれぞれ前後関係があり、シンクロしていますが、その他の作品には関連性は見い出せません。

ベスト5を選ぶとしたら、以下のようになるでしょうか。

■人形
恋に焦がれる男性が、垣間見た女性の秘密とは・・・

具体的な何かは明示されていないのですが、とても淫靡なものを想像せざるを得ません。女性の名前レベッカは、解説にある通り、長編「レベッカ」との関係性から底流にあるものを探りたくなります。

■飼い猫
寄宿学校を出た娘が帰郷すると、母の態度はいつしか冷徹に変化して・・・

母娘の間の女性の嫉妬が、娘の独白により浮彫にされていくのですが、娘の無垢さはどこか確信犯的なものを匂わせています。

■ウィークエンド
週末を過ごす恋人に危機は突然、訪れて・・・

あばたもえくぼが、許し難い欠点へと変わっていく過程を、軽妙に描いています。今も昔もよくある話。

■そして手紙は冷たくなった
熱心に口説き落とした女性なのに・・・

男性の心変わりをする様が、女性宛てへの書簡の形式で語られていきます。「ウィークエンド」同様、今も変わらない男女間の風景です。

■笠貝
人に依存し、人をコントロールし続ける女性の生き様は・・・

善意でコーティングした欲望を活写した作品です。それでも自身の不幸を嘆き続ける女性に薄ら寒いものを覚えます。

本作品集は、読書に勧善懲悪的な爽快さを求めると外してしまう作品集です。比較的、心穏やかな時に読むのをオススメします。

きみには破壊的な寡黙さがある。炎の潜伏を示唆する強力な自制心が

「人形」

彼を愛してはいるけれど、彼女の一部はまだ誰のものでもなく、誰にも侵されていない。彼は決してそこに触れることはできない。そして、彼の手、彼の声、その全存在を崇拝してはいても、彼女はこっそりとよそへ行き、沈黙し、休みたいと願っているのだ

幸福の谷