【本の感想】中島京子『FUTON』
中学生の頃読んだ、田山花袋『蒲団』には嫌悪感しかありませんでした。自分の私小説を回避する傾向は、ここが出発点だといってもよいでしょう。
学生時代は、『蒲団』的大人は稀な存在だと思っていたのですが、社会人になるとこれが意外と多いのに気付きます。何とも胸焼けのするような話を、見たり聞いたりします(あぁ、誰かにしゃべりたい)。湿度の高い色恋沙汰は、世の中、珍しくはないのです。
中島京子『FUTON』は、田山花袋『蒲団』をモチーフにした作品です。
アメリカの大学教授で、田山花袋の研究者デイブ・マッコーリーが、教え子の日系人エミにノボせたあげく ・・・ というお話し。本作品は、まさしく、現代版 蒲団です。
デイブの『蒲団の打ち直し』という作中作が、シーンの変わり目に挿入されるのですが、これが実に傑作!です。『蒲団』を妻 美穂の目線で描いた、謂わばアンサーソングとなっています。
『蒲団』では存在感が希薄だった美穂は、『蒲団の打ち直し』では、実にからりとした性格の良い女性として描かれています。夫を翻弄する小悪魔的 芳子を、イライラ、プンスカしながらも、傷付く素振りを見ると、ついつい姉のように労わってしまいます。美穂は、とってもチャーミングな女性なのです。夫が涙で濡らした蒲団を干しながらも、元気ハツラツです。
「打ち直しゃ、使える」
そういって、美穂はパンパンと蒲団を叩き始めた。その音は冬の澄んだ空気の中に良くこだました。
この作中作を読むだけでも、本家『蒲団』の女々しさをふっとばす爽快感が味わえます(ただし、男の惨めさは倍増しているようです)。
ストーリーの本筋は、エミの祖父タツゾウ(サンドイッチ・チエーン店ラブウェイ店主75歳)、タツゾウの父ウメキチ(95歳!)、ウメキチの世話をする絵かきのイズミ、イズミと同棲中のオナベのケンちゃん、そしてエミを追っかけてきたデイブが加わって、”蒲団ワールド”が繰り広げられます。
入れ子構造になった”蒲団ワールド”は、詰め込み過ぎのきらいが無きにしも非ずですが、とっても楽しいのです。『蒲団』のじとじと対して、『FUTON』は干した後の心地良さがあります。
田山花袋『蒲団』を読んで陰々滅々となった方には、是非、お奨めしたい一冊です。