【本の感想】藤田宜永『愛の領分』

藤田宜永『愛の領分』

2001年 第125回 直木賞受賞作。

ふとしたきっかけで、ン十年前に付き合った女性が、どうなっているか思いを馳せることがあります。実際、会ってみるかというと、美化しているものが壊れてしまいそうで、腰が引けてしまうのですがね。恋愛が蓄積型である男性は、一度ならず考えたことあるんじゃないでしょうか。

藤田宜永『愛の領分』の主人公は、二十八年ぶりに惚れた女性に再会します。

洋服の仕立屋を営む淳蔵の元に、若い頃、共に放蕩の限りを尽くした高瀬が現れます。約三十年ぶりの突然の訪問に、戸惑う淳蔵。淳蔵の故郷で旅館の主となった高瀬は、病床の妻 美保子を見舞うように懇願します。高瀬の願いを叶えることに躊躇する淳蔵。なぜならば、美保子は、往時、淳蔵と不倫関係にあり、高瀬を裏切って一緒になろうとした仲だったのです ・・・

過去に愛した男、過去に愛した女。その当時の人間模様が、老境に入りかけようとする今、蘇り、男と女を雁字搦めしてしまいます。

過去の男である淳蔵に、すがりはじめた美保子。美保子の容色の衰えを目にした時、憐憫と嫌悪ともいえる感情が、淳蔵に沸き起こります。

淳蔵は、高瀬の元を訪れた時に出会った女性と、新たな愛が芽生え始めますが、美保子、そして高瀬の目が気になります。妻を亡くした淳蔵ですから、気兼ねは無用なのですが、そこはかとなく後ろめたさを感じてしまうのです。この件、激しく共感してしまいました。長らく恋愛から遠ざかっていた男の熾火の著し方が、巧いのです。

本作品では、淳蔵と大学生の息子の気持ちのすれ違いといった、登場人物それぞれの今の事情が語られます。大人の恋愛には必ず制約が付きまとうのです。これまた納得です。読み進めると、タイトルの深い意味も分かります。

淳蔵、高瀬、美保子は50を越してますから 、本作品は、大人極まった人のための恋愛小説でしょう。若い頃に読んでも、ピンとこなかったと思います。ただの、色ボケした年配者のすったもんだに映ったのかもしれません。本作品に感銘を受けたのであれば、それだけ自分も歳をとったということですね。