【本の感想】中島京子『小さいおうち』

中島京子『小さいおうち』

2014年 第143回 直木賞受賞作。

中島京子『小さなおうち』は、戦前から戦中にかけて女中を勤めた老女の回顧録です。

布宮タキは、昭和5年、13歳の頃に奉公のために上京しました。女中を勤めていた浅野時子の再婚に伴い、息子の恭一と共に、平井家の一員となります。タキの思い入れの強いのは、この平井家での女中暮らし。赤い三角屋根の小さな洋館で、タキが秘かに憧れを抱く時子を中心とした日々がつづられていきます。

タキの思い出の中では、世の中がどんなに良くない状況にあっても、平井家が全てであり、モダンで、愉しく、希望に満ち溢れているのです。時子と歳の離れた夫は、玩具会社で要職に就き、義理の息子の恭一を我が子として慈しんでいます。ただし、時子と夫に夫婦の関係はなかったことを、タキは憶えていました。この頃の事件といえば、恭一が小児麻痺を患ったことぐらい。これも、タキの熱心な介護で快方へ向かいます。実に平和な日常です。まるで、昭和の時代より前の文芸作品を読んでいるよう。

タキの思い出の手記「心覚えの記」を盗み見しては、甥の息子 健史がちゃちゃを入れます。当時は、そんなに平和じゃなかったよ、嘘を書いちゃいけないよと。人は、見たいものしか見ない。現代と回想で過去を行き来しつつ、そんなことを印象付けられます。

平井家に波風がたったのは、社長の別荘に招かれ、時子が帝美出身の板倉正治と出会ったのがきっかけです。時子と板倉は、やがて密やかな恋に落ちてしまうのでした。千々に乱れる時子を見て、心穏やかざるタキ。時子の服装に、決定的な愛の痕跡を見て、苦悩を強めてしまいます。ついに、戦地に招集された板倉。時子は居ても立っても居られず、板倉の元に駆け付けようとするのですが、その時タキは・・・

なるほど、本作品は、恋愛小説だったのですね。時子が、とてもチャーミングな女性として描かれています。特に、夫の指示で、時子が、板倉に縁談を進めるくだりで、煩悶する様は秀逸です。

タキの死後、物語は健史に引き継がれます。健史は、板倉のその後を知り、そしてまだ存命の恭一に会いにいくのです。タキの持っていたあるものを恭一へ渡すために。密やかな恋愛に、タキの果たした役割が明らかになるのですが、これは想定の範囲内ですね。

自分は、この頃の昭和を経験していませんが(自分の両親が生まれたぐらいだし)、本作品を読んで、ノスタルジーな気分で満開になりました。

本作品が原作の、2014年 公開 黒木華、松たか子、吉岡秀隆、妻夫木聡 出演 映画『小さいおうち』はこちら。

2014年 公開 黒木華、松たか子、吉岡秀隆、妻夫木聡 出演 映画『小さいおうち』

時子が再婚ではないぐらいで、ストーリーは原作に忠実でした。しっかりもののタキ役の黒木華、モダンな時子役の松たか子、頼りなげな板倉役の吉岡秀隆は、ぴったりです。時子の友人でキャリアウーマン(で同性愛者?)睦子役の中嶋朋子が良い味出してました。

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