【本の感想】戸川昌子『大いなる幻影』
1962年 第8回 江戸川乱歩賞受賞作。
戸川昌子『大になる幻影』は、まさに読者をも幻影に包み込むミステリです。
独身老女だけが住まうアパートの住人 木村よね子は、執念のように元教え子達に手紙を書き送る日々を送っていました。ある日、息子を誘拐された過去を持つ、河内恵子から返信が届きます。誘拐に関与したと思われる上田ちかが、よね子と同じアパートで今も暮らしているというのです。よね子は、恵子に ちかの動向を探ることを約束し、アパートのマスターキーを盗み出します・・・
夫の遺稿をひたすら清書しつづける老女、愛人のバイオリンの名器を盗んだ過去に苛まれる老女、ゴミに囲まれ拾った魚の骨を日々食す老女。
絶望のうちに妄執に取り憑かれた人々の描写が、素晴らしいですね。
7年前に起こった誘拐事件の犯人探しが、このドロドロの人間関係の中でのストーリーの本筋か・・・と思いきや、さにあらず。予見がズバスバあたる信仰宗教の教祖さまが現れたりして、混迷を極めます。これも謎のひとつ。
かなり強引というか、都合良すぎなところも感じてしまうけれど、どんでん返しは成功しています。登場人物と一緒に、読者も”大いなる幻影”に惑わされるこになるのです。
発表されてからほぼ60年。時制が前後したり、話の流れと一見無関係と思われる唐突な挿話があったりと、読みに難い点はありますが、それを差し引いても傑作と言って良いでしょう。
戸川昌子といえば、ワイドショーのド派手なコメンテータのイメージがあります。おかげで敬遠していた作品だったのですが、やっぱり食わず嫌いはいけないよね。