【本の感想】姫野カオルコ『謎の毒親』

姫野カオルコ『謎の毒親』

自分の両親は、昭和の初めの世代で、今は亡き父親が国家公務員というお堅い職業だったからか、子供の頃はとてもまともな二人でした。勤勉な父にしっかりものの母で、両親に嫌な思いをさせたくないから、自分は良い子を続けてきたようなものです。中学生ぐらいになると、クラスには日々、両親と激突する輩も出てくるのですが、自分は口答えひとつせず、思春期を過ぎ大人になってしまいました。

と、両親に感謝することしきりだったのですが、一時期、反抗期の頂点にあった妹には、ハテナ?となる一面を見せていたようです。半世紀以上経ってから知らされる、驚くべき事実。今更ながら、そりゃあヒドイわぁ、と・・・。

姫野カオルコ『謎の毒親』は、著者の実体験を相談形式でつづった相談小説(!)です。大人になった主人公 日比野光世が、毒親っぷりに翻弄された子供の頃からを振り返り、そのワケを第三者に相談するという体裁になっています。なるほど、相談小説ねぇ・・・。未踏のジャンルではありますか。

光世が悩み事相談の宛先とするのは、小学校の頃にあった、書店 文容堂の壁新聞「城北新報」。回答するは、書店の店主 児玉清人とその妻 幸子です。

虐待とは違いますが、奇矯ともいうべき両親の行動は、光世の人格形成に影響を与えてしまいます。端的にいうと思い込みの極度に激しい両親で、結果として現れる振る舞いは、第三者的に見ても謎に満ちあふれているのです。中でも「タクシーに乗って」は、子供にとって理不尽極まりなし。このエピソードは、長く記憶に残りますね。

回答者らのコメントは、一応の納得感があり、光世と共に、謎の行動の心理をある程度理解することになるでしょう。読んでいて楽しくはないのですが、小説として、面白い試みであることは確かです。

他者には理解できないエキセントリックな人って、意外に多いのかもしれませんね。ただ自分のように、その奇矯さに長らく気づかない鈍感のもいるのでしょう。

さて、自分は、親として真面なのかというと、甚だ自信がありません。その昔、小学校低学年の三男に怒っている態度を、小学校高学年の長男から注意されたことがあります。傷つく怒り方は止めてくれ、と。もう二人とも20歳を過ぎて忘れていますが(そういうのを確認するのがイケてないところ)、多分、子供らが小さな頃はいただけない父親だったんだろうなと、今でも事あるごとに反省してしまいます。まぁ、本作品の毒親ほどに無自覚ではないのが救いです。ダメ親には違いないのだけど・・・